#2 変わっていく二人

第5話 ライブコール

 今日は舞桜のバンドライブ当日の日曜日。

『ありがとう!頑張るよ!』

 と舞桜からメッセージも昨日返ってきた。


 気付けば時間も十七時になる直前で、空も藍色に染まっていた。

「聴きたかったなぁ……」

 病室のベッドに横たわったまま一人呟く。

(また今度があるよね)

 と自分をなだめつつ、枕元の小さなテレビ台から本を取る。


「ここら辺からだっけ……」

 普段あまり本を読まない為、しおりもない。

 手探りでページを探していた時だった。


『ブーブーブーー』

 テレビ台のスマートフォンからバイブレーションの音が聞こえる。

「ん、電話?誰だろ?」

 着信画面を見ると『藤崎 静乃』と映っていた。


「はっ、はい。もしもし」

『もしもし』

「きゅ、急に電話なんてどうしたの?」

『しちゃいけないって言うの?』

「い、いやそうじゃなくて……」


 電話先からか細い溜め息が聞こえて、少しドキッとしてしまう。

『あんたもライブ見たいのかなと思ってかけたのよ……』

「あ、うん。ありがとう」

 言葉の内容だけは素直だった。

(こ、これがギャップってやつなんだね……)


『み、見える?』

 多少のノイズが入った後、向こうのカメラがオンになる。

 中規模のライブスタジオのステージでは照明の調整を行っていた。

 楽器はボーカルマイク二つ、ギターも二つ、ベースとドラムがひとつ。

 これから見れる幼馴染みの姿にワクワクしていた。


「大丈夫、見えるよー」

『そ、その……元気出た?』

 恥ずかしそうに、だけど勇気のこもった声が聞こえてきた。


「うん、出たよ。ありがとう」

 だからシンプルに感謝の気持ちを伝える。


『よかった……』

 安堵と多少の照れが混じった彼女の声が聞こえる。

 こちらまで少し恥ずかしくなってしまう。


『わーーー!!』

 会場から歓声が沸く。メンバー達がステージに上がってきたようだ。

 今回のライブはファンへの感謝を込めたものらしい。


「はじまったね……!」

『うん……』

 ステージを見てはいるけど、同じ風景を彼女と見ていると思うと緊張してしまう。


「夏輝と舞桜に誘われたの?」

『そ、そうだけど?』

(よかった……少しずつ打ち解けてきてるんだね)


「一昨日は大丈夫だった?」

『大丈夫よ、おかげさまで。聞いてはいたけど想像以上だったわ……』

 一昨日の帰り、集団に襲われたと聞いて心配だった。でも大丈夫そうだ。

(流石夏輝だなぁ。僕もあれぐらい強ければ……)


 自分の左手を見つめる。

 ただ、もうひとつ心配だった事があった。

「そ、その……怖かった?」


 夏輝がどうして格闘等の習い事をやめたのか……それは無差別に力で人を怖がらせたくなかったから。

 中学の頃、僕らが一緒にいなかったら夏輝は命を……


『ううん、心強かったわ』

 その言葉を聞いた時、嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになった。

「そっ、か。よかったよ」


『何かあったのね……詳しくは聞かないわ……』

「静乃さんは優しいんだね……」

『優都もね……ほら、もう演奏始まるわよ』

(名前呼びはやっぱり恥ずかしい……)


 Star Raisingのリーダー、舞桜からの挨拶も終わって演奏が始まろうとしていた。

『では最初の曲はRaising WAVE!』

『オオオォォォ!!』

 それはバンドではお馴染みの曲で男女共に歓声が沸いている


 挨拶の内容は新しいメンバーが加わったという事だった。

(話には聞いていたけどどんな凄い人なんだろう……)


 葵さんのドラムの高速のビートから始まり、舞桜のベースの低音のリズムが支えていく。

「息ぴったりだ……」

『少ない時間で結構練習してたみたいよ?』

(やっぱり凄いなぁ……)

 それは尊敬の気持ちとは違うもっと心強く、元気を貰えるような気がした。


 玲のエレキギターが高くかっこいい轟音を刻んでいく。圭祐のギターが中低音のメロディーを編んでいく。

 そして十秒程のイントロも終わり、亜依海の綺麗で高い歌声が響く。


『綺麗な声ね……』

「亜依海も舞桜が元気付けてくれたおかげでここまで凄くなれたんだよ」


 Aメロ、Bメロでは中音域、サビでは高音域の歌声が演奏を引き立たせている。

 サビあとは高速のドラムのビートと、エレキギターの轟音がせめぎ合いを魅せている。


「かっこいいなぁ……」

『二人とも凄いわね……』

 僕と静乃さんもその気迫に圧倒され、感動していた。

 最後のサビは一つキーを高く歌い上げ、メンバーも後押しするように演奏で支えていた。


『オオオオォォォ!!』

『キャアアァァァ!!』

 演奏が終わると演奏に負けないような男女の歓声が沸いたり、沢山の拍手がビデオ通話越しに聞こえる。


『周りも凄いわね……』

「でも、わかるでしょ?」

『うん。流石の演奏だったわ』


 その後は小休止で少しだけトークを挟んでいた。

 二曲目は新曲で『マスターキー』という曲だった。


 イントロは圭祐のギターのみで始まる。

 バラードのような感じで始まり、ドラムとベースも静かにリズムを取っていく。


 Aメロは綺麗な中低音の歌声から始まる。

 サビ前とサビの入りでは中音になり、サビ後半では美しい高音の歌声がビブラートを響かせていた。


 サビあとはメロディーが変わる。

 細かくも静かなドラムとベースの重低音がバックサウンドとなり、圭祐の低くも綺麗な歌声が響く。

 玲のエレキギターが微かに高音の単音を鳴らして美しさを強調していた。


 最後のサビは先程のメロディーを取り戻し、亜依海が歌い上げる。

 その後、繰り返しのサビでは圭祐も中低音のハモりを歌う。玲もしっかりと単音でサポートしていた。


(練習したんだろうな……)

「凄いね……!」

『うん!』

 電話先の静乃さんも楽しそうだ。

(色々あったけど元気出てくれたみたいで良かった……)


 ぶっ続けで曲は続く。今までお馴染みのエール曲や初出しのロックな曲など様々な曲を聴いた。どれもクオリティが高く、演出もそれぞれの個性が溢れていた。


『じゃあ最後の曲!葵ちゃん含め、皆で作ったやつです!絆!』

 舞桜の紹介道理で、最後は絆という新曲だった。


 今度は葵さんの優しくもゆっくりなドラムで始まる。

 次に舞桜のベース、圭祐のギターが低音を響かせる。

 亜依海のバラード調の中音歌声が響く。

 Aメロの詩は仲間やファン、大変な人や辛い人へ向けた応援だった。


『これって……!』

「凄いよ……」

 僕も目頭が熱くなり、涙が流れてくる。

 静乃さんも感動しているのか驚いている。


 サビでは『大丈夫、一人じゃないよ』という歌詞で、玲もエレキギターを優しく響かせていた。

『そうだったわね……』

「うん……」

 観客の人も思い当たる節があるのか、静かに涙を流している声が聞こえた。


 Bメロでは頑張ればどこまでもいける、そんな気持ちの込められた熱い歌詞だった。

 次のサビは『あたしたち、いつでも支える』。そのフレーズが誰の選んだ歌詞だなんてすぐ分かった。


 それは舞桜の小さな頃からの口癖だった。それに夏輝や僕、幼馴染みのメンバーも支えられて生きてきた。

 僕が両親と渚を失って寂しかった時、夏輝が罪悪感を覚えて自殺しようとしていた時だって立ち上がってこれた大きな理由だ。

 最近は聞く事も無く、久しぶりに聞いて涙を堪えられなかった。


『その言葉、えぐっうぐっ……さっき……』

「僕も皆も……ぐすん。辛かった時聞かせてくれたんだ……」

 静乃さんもそれを先程聞いたのか号泣していた。


 休み無くサビが繰り返される。

『守りきる、大切な仲間』

 その決意の言葉に覚えがあるような気がした。

 でもそれより、よく見ると亜依海や圭祐は泣きながら演奏していた。

 曲の締めは小さなドラムロール、優しいギター音、ベースの重低音が響いていた。


『ありがとー!!』

 舞桜の感謝の言葉でライブは締めた。

「成功したみたいで、良かった……」



「お疲れ様です!」

 ステージ裏では、舞桜に続き他のメンバーもスタッフさんに挨拶していた。

(あいつらどうなったかなぁ……?)

 優都や夏輝や静乃の反応が気になっていた。


「みんな……ありがとね……」

 振り向くとクールだったイメージの優華さんがしくしくと泣いていた。

「ゆ、優華さん!?」

「ちょっと友達の事を思い出しててね……ごめんなさい……」


「いいのよ。よしよし……」

 亜依海が泣き止まないまま、彼女の頭を撫でていた。


 楽屋に戻ってベースをケースに収めると、近くに置いといたスマートフォンが着信音を鳴らしている。

「ん?優都?」

 楽しみ半分で電話を取る。

「もしもし?どうだった?」


『え、えっと、泣いたよ!最高だったよ!』

 電話先の優都は焦っているのか息が荒かった。

「むふふ」

『でも!静乃さんが!急に電話切れて叫んでた気がしたんだ!』

 率先して彼女の名前が挙がるのは少し不快だった。でも、優都の焦りはそういう雰囲気ではなかった。状況が状況だからだ。


「まさか……!夏輝には電話したの!?」

『さっきから五回ぐらいしたけど繋がらない!』

 ベースを置き去りにして楽屋の裏口から飛び出す。


 裏口から出ると、外は真っ暗になり雨が降っていた。

「大丈夫!?ちょっと!!」

 左の鉄塔のふもとから静乃の叫ぶ声が聞こえた。

 ぐしゃぐしゃな泥を踏み分けてそこへ走り出す。


「静乃っ!!」

 あたしが彼女の名前を叫びながらその場所へ着くと、数人の男が嫌がる静乃の腕を引っ張っている。そして傍では夏輝が腹部から血を流して倒れている。

「やめてっ!!」


「あんた達!手を離しなさい!!」

 駆け出してその男の腕を掴もうとするが、手前で男に腕を掴まれてしまう。

「やめろっ!!」

「こいつさっきのライブのリーダーじゃね?」

 あたしの手を掴んだ大柄な男が仲間に話しかけている。


「ちょっと!やめて!!その子は関係無いでしょ!?」

「そいつも連れてけ。良い値で買い取る外国人もいるかもしれん」

 奥から着物を着たサングラスのお爺さんが男に語りかけている。

 部下であろうスーツの男に傘を差してもらっている。

 小指も無いし、明らかに極道という感じの見た目だった。


「良い値……?外国……?」

 その言葉を聞いて一瞬で背筋が凍った。

「お願いだから!!私だけにして!!」

 彼女が必死に訴えるが、男や爺も聞く耳を持たない。

「さっきの威勢も無いようですし丁度良いですね」


 先程の歌が全部あたしに対しての甘えだと誰かが囁く。

(あたしたち……どうなるの?)

 脳内が絶望に埋め尽くされたと感じた時、大好きな彼のメッセージを……笑顔を思い出す。


『ライブ、頑張ってね!』

 一昨日に優都のメッセージを思い出す。

(今日を乗り越えれば!!)

 あたしは男の腕の皮膚を噛み千切る。


「いっだ!!」

 その瞬間に抜け出し、落ちていたナイフを拾う。

「おらぁぁ!!」

 静乃を掴む男の腕に向かってそれを刺す。

「ぐあっ!!」


 手を離された彼女は尻餅を付く。

「危ないっ!」

『ガチャン』

 頭に何か硬い機械が押し付けられる。


「動くな」

 爺はショットガンを右手にあたしを、彼女をも脅している。

「バァーン」

 その聞き慣れた綺麗な声に爺も男達も周囲に目を逸らす。


『ズバァァッ!』

 爺の右手が宙を飛んだ。あたしは恐怖に膝から崩れ落ちる。

「ぐぅう!!」

「なっ!親方!お前ら!敵をっ!?」


 スーツの男が周りに指示を出そうとする。

 だがその背後の森の暗闇から、長い鎌のような刃物を突きつけられているようだった。

 そして周囲の男は全て糸が切れたかのように意識を失って倒れた。


 鎌は消え、優華さんがスーツの男の首を絞めた。

 そいつも意識を失ったと同時に爺が立ち上がり、今度は左手で拳銃を構えた。

 だが彼女を前にしてその拳銃は、バウムクーヘンのように透明な何かが切り裂く。


 爺は戦意を喪失してその場から逃げようとする。

 だけどそれを逃がさぬ鬼の如く、彼女は爺の首元に軽くチョップして気絶させる。

「男なんだから根性持ちなさいよ……」

 彼女は呆れた声で手を払う。


「二人とも大丈夫!?」

 亜依海と玲と圭祐が裏口の方から駆け寄ってくる。

「亜依ちゃんは救急車呼んで!二人は大通りまでこいつ連れてくの手伝って!」

 落ち着いた優華さんが完璧な指示を出す。


「わ、わかった!」

「お、おう!」

「うん……!」

 三人は驚きながらも揃って返事をする。


「舞桜ちゃん!」

 静乃に呼び掛けられてハッと現実に戻った。

「あ、あたし……何を……?」

「ほら、立ち上がって。大丈夫?」


 彼女は肩を貸してくれてあたしを立ち上がらせてくれる。

「う、うん」

「じゃあ皆についていこ?」

「そ、そうだね……」


 肩を貸されながら、あの時に起こった事を思い出していた。

(鎌……?透明なアレは……?)

 目の前で起こった事を信じられないまま、ライブハウス裏口への道のふもとへ向かった。



「だ、大丈夫かな……」

 優都は病室で一人、暗闇の空から降り注ぐ雨を見つめながら呟いた。

 僕は願いや望みを持たないよう注意しながら連絡を待つしかなかった……

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