第4話本当の気持ち

 入院生活が始まって一週間。

 酸素マスクも外れて、掠れてはいるけどそこそこ喋れるようにはなってきた。


 それと同時に付き添いのベッドの布団等も無くなった。

 担当医の西原さんの話によると、とりあえずもう安心して大丈夫そうだ。

「あとは回復を待つだけか……」


 皆も忙しいし付き添いも無くなった、舞桜のライブも二日後。

 そして深城はやっぱり無理をしていたらしく、熱を出してしまって藤崎さんが付きっきりだそうだ。


 あと彼女のバイト先は……

 若い店長が静夜さんと彼女の処遇について、あまり良くない話をしていたところを夏輝が目撃したそうだ。


 それを伯父さんと深城に知らせてくれたらしい。その後はバイトを辞める手続きにも立ち会ってくれたそうで……

 そこまでしてくれるなんて、夏輝は本当に良い人だ。


「よっ」

 ドアを開けて夏輝が入ってきた。

 一瞬びっくりするけどホッとする。

 暇だからと言ってお見舞いに来てくれるのも本当に助かる。


 彼は一度家に戻ったのか私服だった。

 黒くカッコいい絵柄の長袖Tシャツに、ベージュ色のジーパンだ。この季節なのにシャツすら袖を捲っている。


 病院の丸椅子に座ると、地面にスクールバッグを置く。

「ありがとう」

 少し右に振り返って、素直にお礼の言葉を伝えた。

「いいんだ。体調は大丈夫か?」

「うん、良くなってきたよ」


「そっか……ならよかった」

 少しの沈黙の後、彼は安堵した様子で答えた。そして僕は気になっていた事を聞いた。

「深城は大丈夫そう?」

「心配ないってさ」

 鼻を赤くしてパジャマのまま。胸を張ってそこに手を添えて、まかせなさい!と言いながら鼻をすする深城が想像できた。


「鼻を真っ赤にしながら?」

「はは、そうだな」

 少し笑い話になってしまったけど、深城の熱は少し下がってきたようだ。


「この季節は急に冷えるからね」

「なぁ」

 そう笑いながら返すと、夏輝は真剣な表情で問いかけてきた。

「ん?」


「お前は――藤崎さんの事はどう思ってるんだ?」

「え?」

 真剣なムードに驚いて動揺してしまう。


「お前が気になってんのは分かってるからな~」

 夏輝は笑いながら続けてそう聞いてきた。

「い、いや……まだ分かんない。けど――あの言葉を聞いて気付いたんだ」

「な、何をだ?」


 僕は彼女の泣きじゃくった顔を思い出す。

「無意識に傷付けてた。見てるふりして全然見てなかった……」

「…………」

「だから、もう目を背けないようにするよ」

「そっ、か……」


 夏輝は俯いたまま、黙ってしまった。だけど彼がそんな沈黙を破った。

「そうだ。舞桜がライブ終わったら話があるって……」

 まるで本心を隠すように……手が震えているのを見て、強がっているのがすぐ分かった。


「違うよ」

「えっ?」

(最初から諦めるなんて間違ってる。きっと藤崎さんが言いたかった事……)

「夏輝が本当に言いたかった事はもう一つ……あるんだよね?」


「な、何の話だぁ……?」

 声も震えている。

「わかった。好き、なんだよね……?藤崎さんの事が」

「そっ、そんなわけ……なっ!?」


『ボトンッ』

 紙袋を落とす音がドアの方から聞こえる。

 夏輝はそのドアを見つめていた。

 そこには……藤崎さんこと私服姿の藤崎 静乃がいた。驚愕の表情で涙を溢している。

 その私服は、紺のカーディガンに薄い黄色のミニワンピース。そして紺のレディースジーパンだった。


「えっ!な、なんで泣いて……」

 僕はそう問い掛けた時、ずっと考えていた彼女の本心に気付いた。

(そ、そうだ!あの時のって……!きっと誰かに愛されたいって気持ちで……)


「あ、ありがとう……」

 彼女は泣きながら、凄く嬉しそうにそう答えた。

「ふぇっ!?」

 夏輝はその返答に驚いたのか変な声を上げる。


「うぐっ、ぐすん……でも、ごめんなさい」

「…………」

 それは間違いなく付き合えないという意味のごめんなさいだった。


「私、ただ辛いからって酷いこと言った……それも、ごめんなさい……」

「…………全く、上げて落とすのは勘弁してくれよな……」

 夏輝はそう言って僕の頭をくしゃくしゃにかき回す。


「な、なんだよぉぉ……」

 でも絶対無理してる。震えた笑顔を見ればすぐに分かる。

(また傷つけちゃったかな?)

「ばーか。へこたれねーよ、お前の考えはバレバレだ」


 僕の頭から手を離すと溜め息を吐いた。そして彼は藤崎さんに言葉を投げ掛けた。

「でも藤崎さん……それは辛いだけ、じゃない。それはんだ。あんたは間違いなく傷を負ってた」


 そして彼は僕の方に顔を戻して、笑顔で軽く頷いた。フォローしてやれと言ってくれてるんだろう。


「うん、だから……もう大丈夫だよ。藤崎さんは頑張ったよ。あと僕も、その、本当にごめんなさい……」

 辛抱強い彼女を支える為に、優しい言葉をかけた。

 そして今まで、彼女を辛くさせたかもしれない事に謝罪をした。

 彼女が頑張って話してくれた。だから僕も謝らなきゃいけない。そう思った。


「そうだ。よく耐えたよ……!」

 夏輝は続けて腕を組む。そしてチラリと僕を見た。

(い、言わなきゃ……だよね)


「色々あったけど、辛くても生きててくれて……本当にありがとう」

 恥ずかしかったけど、言っているうちに目頭が熱くなる。

 彼女は涙をぽろぽろと流している。それは止まらない。


 夏輝が彼女の肩を支えながら、僕の近くに連れてきてくれる。

 彼女はそのまま床に座り込んで、ベッドのシーツに顔をうずめる。

「うぐっ、ごめん、なさい……」


「ううん、違う」

「ありが、とう……!」

 僕は、彼女のポニーテールへ手が触れないように頭を撫でた。


 そんな中、夏輝がバッグを持ち上げて病室を出ようとした。

「あれ、もう帰るの?」

「ん?そうだけど」


 その理由も何となく分かってた。でも一人では帰らせたくなかった。

 顔を上げた藤崎さんと目を合わせると、今度は二人で夏輝の方を見る。

「はぁ……分かった分かった。送ってく」


「あ、ありがとう……」

「僕からも、いつもありがとう」

 藤崎さんの後に続いて僕も礼を言う。

 夏輝は色々と深城や藤崎さんの帰りが遅くなった時、家に帰るついでに送ってくれているそうだ。


「大丈夫だ。俺も力になりたいし!けど、簡単には諦めてくれなさそうだよな……」

 彼はそう言うと、少し暗い雰囲気でそう話した。

 恐らく静夜さんが何かを企んで藤崎さんを連れ戻したいのだろう。


「帰りは、気をつけてね……」

「あぁ、用心するさ」

 何の力になれないのは少し悲しいけど……

 でもそんな程じゃ無い。彼女のありがとうって言葉が今もまだ胸に響いてる。

(こうでも思わないと僕は……)


「不幸そうな顔すんな……」

 そんな顔を見た彼女は目を赤くしながら、涙を滲ませながらむすっとしている。

 その下から目線に少し心を奪われてしまう。

「ふ、藤崎さん?ご、ごめん……」


「あと名字やめて」

「これは優都だけの特権だな……!」

 夏輝も今度は逃げずに、腕を組みながらそう反応した。


「別にどっちでも構わない……」

 彼女は表情を変えずに、こちらを向いたままそう告げた。

 なんか夏輝の時だけ命令口調じゃないのが少し嫌だった。


「嫌いなのよ。名字」

「そ、そっか。なんかごめ……」

「いちいち謝らない」

 開きかけた口に向けて人差し指を指される。


「うーん。わ、わかったよ。静乃……さん?」

「べ、別にさんはいらない……けど」

 彼女が照れた顔でそっぽを向く。そんな姿を見ると本当にドキッとしてしまう。

(えっ……!これって……)


「は、早く身体治しなさいよ!ゆ、優都……!」

 そう言って彼女は病室を出ていった。

「はぁ、どっちが天の邪鬼やら……んじゃ優都、またな」

「う、うん。またね」

 手を振る夏輝に合わせて手を振ると、病室はまた静かになった。


「はぁ、どうなるんだろ……」

 この先どうなるかも分からない。

 でもこのまま夏輝までが彼女と仲良くなったら、舞桜は……


「し、しっかりしなきゃ!こんな時こそ元気付けてあげなきゃ……!」

 僕は台に置いてあるスマートフォンを手に取って、舞桜に応援のメッセージを送った。


『明後日のライブ頑張ってね!僕も』

「んーー。僕も頑張るじゃちょっとおかしいかな……?で、でもこの一言だけじゃなんか雑だし……」

 夕食前まで悩んで送信した。



「す、凄い……!」

 あたしは新たにスカウトしたドラムメンバーの、高速且つ的確なリズムに見惚れていた。


 見た目は水色髪のポニーテールに凛々しい青の瞳。白いワイシャツに赤いチェックのスカートと腰巻きされたレモン色のパーカー。

 最初会った時は少し驚いた。胸の圧倒的差にも嘆いた。


(でも!何度見てもあの腕は……逃せない!)

 あたしはそう決断した。

 何故ならここまで高いテクニックを持つ人は、プロバンドでもたまにいるかいないかのレベルだ。


「ふぅ……」

 彼女は手を止めて、スティックを黒い革袋にしまう。

 あたしは迷わず拍手をする。


 同時に亜依海や、メンバーの黒羽くろは れい米良めら 佳祐けいすけもぽけーっとしながら拍手している。


 亜依海は茶髪のロングヘアーの小さいサイドテール。バンドではメインボーカルを務めている。

 あたしよりは一回り低い身長で元気な女子。勿論胸の大きさは負けている。悔しい。


 玲も茶髪の天然パーマだが、夏輝よりは前髪を左右に分けたりと整えている。

 ポジションはメインギターで、腕前も良くオリジナリティに富んでいる。


 佳祐は黒髪で、これまたどこかの誰かさんと似た感じ。けど学内では眼鏡をかけている。

 玲と同じで、バンドの際は髪を少し整えたりと注意している。

 ポジションはギターボーカルでいつも二人を手助けしてくれている。


 ピアノを幼少の頃から習っていたらしく、かなりうまいのだが、ギーボーダーよりギターボーカルの方がやりたいみたいだ。

 あまりピアノで目立つのが好きじゃないらしい。


「ど、どうだった?」

 照れながら頭を軽くかいた凄腕ドラマー。あおい 優華ゆうかはあたし達に感想を問う。


「い、言うまでも……」

 あたしが感服した感想を言おうとしたら……

「やっぱりすごいよ!優華ちゃん!」

「流石に驚いた……!すげぇよ!」

「感動しちゃったよ……!」


 隣の三人が口を挟む。

(本当に息が合うな……)


「そ、そんなに?なら……やってみようかな」

 彼女は更に照れる。その少し控えめなところは誰かにも似ていた。

 そして真面目な表情であたしに向き直った。

「リーダーさん……よね?大丈夫そう?」


「も、勿論よ!あたし達共々、仲良くしてくれると嬉しい……かな。よろしくね!」

「ええ!よろしく頼むわ!」

 あたしと彼女は右手で握手をした。その手は柔らかくもしっかりしていて、これまでの努力が垣間見えた。


「じゃ、明後日だし!早速音合わせしよう!」

「おー!」

「おう!」

「うん!」

「ええ!」

 あたしが一声かけると、皆のそれぞれのかけ声も聞こえた。


 あたし達のバンド、Star Raisingは新たな一歩を踏み出した。



 その頃、夏輝と静乃は帰路の住宅街を歩いていた。

「深城ちゃんは……大丈夫そうだった?」

「え、ええ。今のところは」

「そっか……」

「…………」

 俺がせっかく切り出した会話も沈黙に終わる。

(はぁ……今日は色々と……っ!)


 突如背後に気配を感じた。

 振り返るが……電柱に隠れたのだろう。

(めんどくせぇ……)

『つけられてるぞ……』

『わかってるわ……』


 ひそひそ声で彼女に話しかけたが、どうやら気付いていたようだ。

(流石だな……)


 跡をつけられるという事は……間違いなく奴らだろう。

 更に外見からしても静夜では無い。

(つまり他にも手を……っ!)

 目先の細い横通路からも視線を感じる。格闘技を習っていたからこういうのには敏感だった。


「十秒だ。前の奴らは何とかする。だから後ろの一人に捕まるなっ!」

 今度は一語一句逃さず、大きすぎない声で彼女に伝えた。

「えっ!ちょっと!」


 前方に突っ走る。そして脇の通路からぞろぞろと、想定していた十数人の若い男共が現れた。

(十四人、後方のと合わせて十五か)


 低姿勢で相手の拳を右にかわして、左足の中段回し蹴りを強く放つ。

 そのまま後ろの数人も巻き込んで蹴り放った。三人の男ごと十メートルは離れた電柱に叩きつける。俺はその勢いで後ろを向いた。


 背後を向けたまま、タイミング良く上段の右後ろ回し蹴りを放つ。

 俺のかかとが男の頬を殴った。

(四人……)


 その頬への衝撃を踏み台に跳んで、その真後ろの奴の頬へ左拳を食らわせる。

 受け身を取って、殴って気絶した男の腕を掴む。

 棒のように左右へぶん回して、四人の頬へ的確に男の靴部分を当てる。


 彼女の後方の男に、そいつを砲丸投げのように投げ飛ばして命中させる。

 気絶したのかは曖昧だが足止めにはなる。

(九人)


 背後からバットの攻撃を、体を右に回転させながら避ける。その勢いを殺さずに左の拳を脇腹に打ち込む。

 体の回転の軌道を右から左に変える。

(時間が無駄だが!これしかない!)


 脇腹男に右から中段の回し蹴りを放つ。そのまま二名の男を巻き沿いにしながら数回転してその男を放った。また十メートル離れた後方の電柱に叩きつける。

(あと二人!逃げるか?)


 残った二名の男は、戦意を喪失させながらも前方から殴りかかってくる。

 しゃがんで前方に避ける。

 二人の背部首元に、それぞれ片手チョップを軽く当てて気絶させる。


 急いで彼女の元に戻って腕を取る。

「住人にバレる!逃げるぞ!」

「え、ええ!」

 男共が来た路地裏から入り、別の住宅街の通りへと出る。


「はぁはぁ……話には聞いてたけど……っ!」

 そう呟く彼女の方へ向いた。ある男が彼女の腕を掴み、ナイフを首元に添えて脅している。

(後ろの奴じゃない!索敵不足か……)


「動くな!」

「ひっ!」

 右手を後ろに回すと男に注意され、彼女が悲鳴を上げる。


「わ、わかったわかった。携帯も渡すから……」

 左手を上げたまま少し屈む。右手に持ったスマートフォンを、地面に擦り付けるように転がした。

「分かってるやないか……っ!」


 そのスマートフォンには、110番と書かれたが映っている。

 そして僅かな発信音のが再生されている。

「てめぇっ!下手な真似っ……!」

「早く切らないと繋がっちまうぞ?」


「チッ!」

 男は彼女を左手で掴んだまま、ナイフを持つ右手でスマートフォンをタップしようと手を伸ばす。

(さて、ここからどの軌道であのナイフを……)


 次の瞬間、男の背後から人影が見えた。

「!?」

 その女性は右手で男の右腕を掴んで、左手でうなじにチョップして気絶させてしまった。


 水色の髪にポニーテールの女子高生に助けられたようだ。

「おい、あんた大丈夫か!」

 後ろから舞桜が、力の抜けた藤崎を両手で支えた。

「あ、ありがとう……」


「いいのよ……!あたしは手も出せなかったし……」

「支えて、くれてる……」

 彼女は舞桜の抱き抱える手に触れる。

(少しは仲良くなれた……かな)


「あんたは二人をしっかり送っていきなさい」

「へ?あ、あぁ。送ってくけど君は……」

「腑抜けた声ねぇ……後始末よ」

「は、はぁ……?」

 彼女のその青い眼光はただならぬ覇気を発していた。


「ほらほら、早く帰った方がいいわよ」

 ぼーっとしていると彼女に急かされた。

「わ、わかった……」

 彼女の後始末という言葉に疑問が残ったまま、二人を家まで送った。

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