第3話 自分を守る嘘
「私が……あなたの両親を、殺したの……」
藤崎 静乃は口元を押さえながら顔を真っ青にしている。
(ど、どういうことだ!?)
僕は彼女の言っている意味が分からなかった。
『落ち着いて!』
僕は急いでホワイトボードに書く。そしてそれを自分にも言い聞かせて、呼吸を荒げないようにした。
「はぁはぁ……すぅーふぅー。ありがとう」
彼女の顔色は戻ったが怯えているのか、震えは止まっていない様子である。
「あなたの両親が庇ってくれたの……私を。だから、私を恨んで……?そしたら私も」
『あれ見たよね?』
僕は自動ベットを少し起こしながら、ボードを見せる。
「え……?」
『だからそれも僕が引き起こした。僕が殺したんだよ。母さんと父さんと渚を』
僕は震えながら、ホワイトボードに真実を書く。
「そんな……だって!」
「だっでもなにもない!」
がらがら声で主張する。胸部に激痛が走る。
だが僕の家族の痛みなんかよりずっとマシだ。
『パシンッ!』
右頬を叩かれて、酸素マスクが外れそうになる。
「なんでよ!あんたはいつもいつもそうやって……!」
いつもの強い口調に戻った彼女を見ると言葉が出なかった。
「…………」
「全部自分のせいにできる……!だからあんたの周りも……!」
彼女は号泣していた。今まで一度も見たことのない辛そうな様子で……
『ガタンッ!』
病室のドアが勢いよく開く。
「もう……やめてよ……!」
更に彼女は辛そうな顔で呟いた。
ドアを開いた舞桜は、泣いている彼女を見て戸惑っているようだった。
「不幸面される位なら……うぐっ、はぁ……」
「…………」
黙って泣きながら話す彼女の本音を聞くことしか出来なかった。
「殺してやるって……!憎んで突き放してくれた方が良かった!」
(そうか僕は、結局藤崎さんを守ろうと祈ったから……)
「私が仲良くなんて……あんたやあんたの家族も傷付くならっ!最初からこんな事思わなきゃよかった……!」
「ちょっとあんた!言って良いことと悪いことが……!」
舞桜が驚いた様子で近付くが、彼女の心の
「違うわ。だってあれは!私が助けを求めたから……!」
(わかって、たんだ……)
「だから私がまた傷付けたのよ!それに……あの時はあんなヒビなんか入らなかった……!」
(そ、そんな……)
ヒビが入らなかかったのが正しい事かどうかは分からないけど、彼女の目は嘘をつける余裕なんてほとんど残っていなさそうだった。
「私の家族も、私を捨てた理由だって……!あいつが私を……奴隷みたいに扱う理由……っ!?」
彼女の兄が先に病室に入り、彼女の胸ぐらを掴んだ。
藤崎
見た目は茶髪のパーマをかけている。舞桜曰く大人しくて優しい人で、しっかりしたドラマーだと言っていた。
「…………!」
彼は無言のまま、凄く怒った顔で彼女を突き飛ばす。
「いやっ……!」
突き飛ばされた藤崎さんは、手ですぐに頭を隠した。まるで怯える子供のように。
「後で覚えておけよ……!」
その言葉に藤崎さんはゆっくりと手を下ろす。
けれど彼女の表情は命の危機に怯える恐怖そのものだった。
涙も……悲しみの涙ではなく恐怖の涙へと変わっていた。
「おい!」
それを見ていたのか、怒りに震える舞桜の声が聞こえた。
「…………!」
静夜さんはハッとした顔で振り向いた。
「奴隷ってどういう事だ……?」
舞桜は声を震わせて拳を強く握っている。
「ち、違うんだ!これは……!こいつが……!」
静夜さんは慌てて弁解をしようとしていた。
「ここは病院だ。事情は外で聞こう」
夏輝が見たこと無い位の怖い顔で近付き、彼を力づくで連れ去った。
僕は目の前で起きた出来事に、処理が追い付かなかった。
でも二人のおかげで少しだけ安心した。
入れ替わりで入ってきた深城とおばさんが、藤崎さんの肩を支えてあげていた。そして彼女を客用の簡素なベッドに横にさせた。
でも今までの彼女の偏った行動の理由も分かり始めた。
高校生なのに門限が七時、夕飯時である事。そして彼女がバイトを沢山入れている理由も全て理解した。
(捨て、られたのか……)
それは死んでしまうよりは悲しくなくても、簡単に受け入れられる理由じゃない。
(でもどうして兄と一緒に暮らしていたんだろ?押し付けられていたのかな?)
だが彼女の肌には痣のようなものは一切見えなかった。
(もしかして洗脳?夏輝達がどうにかしてくれるといいんだけど……)
「あら、推理中かしら?」
僕の悩む顔を見たのか、おばさんが軽く笑いながらそう言った。
「はぁ……おばさん、笑い事じゃないよ」
深城が溜め息を点きながらベッドに座る。
「ごめんね……!一度は言ってみたかったの……!」
『そこベッド』
すんなりベッドに座る深城を凝視しながら、ホワイトボードを見せる。
「いいじゃーん」
そのまま足元に抱き着いてくる。
「あーあぁ。体に抱き着けないのが残念」
最近、深城の体は柔らかさが増してるからなんか恥ずかしい。太ってるとかではなく、勿論スタイルが良いという意味でだけど。
そう言わないと、きっと締め着けられる。
『やっぱヒビ入っててよかった』
「なんでよー」
深城は頬を小さく膨らませる。
「仲良しで羨ましいわぁ。私なんて舞桜に抱き着いたら『嫌味?』って言われるのよ?」
おばさんが笑いながら愚痴を溢す。
「それは……」
深城が苦笑いを漏らす。
何故なら舞桜の胸は、170はある身長の割に控えめなのである。
『きっと年頃の悩みがあるんですよ』
「お兄ちゃんには言われたくないと思うけどね……」
「こ、この場にいなくて良かったわねぇ……」
(は、反応し辛い……)
「…………」
二人の奥で横たわる藤崎さんを見つめながら、先程の言葉を思い出す。
『殺してやるって……!憎んで突き放してくれた方が良かった!』
(君のほんとの気持ちって……)
そういう嘘で固めた真反対の強がりを、僕は知っているつもりで知らなかった。
天の邪鬼。彼女の本心の事しか僕は考えられなくなっていた。
「最低っ!」
『バシンッ!』
舞桜のビンタが静夜の頬を吹き飛ばした。
「女の癖にだと……?今まで全部妹のせいにして生きてきたのか?」
夏輝も彼が静乃にした事を知ると怒りを隠せない様子だった。
「保護されるところをずっと匿ってたんだぞ?それ位して当たり前じゃないか……?」
彼は罪を認める事もなく、言い訳ばかり言っていた。
「夏輝、通報しろ」
「おい良いのか?ライブはどうするんだ」
「はいよ」
「おい!」
夏輝は耳元にスマートフォンを当てて、本当にダイヤル音を鳴らす。
「あんたがあの子にした事とどっちが重要なのかは、リーダーのあたしが決める」
(あたしはあのバンドの……あの子達のリーダーなんだ!こういう時こそしっかりしなきゃ!)
「んで?どうするんだ」
「くっ……!」
そんな中、夏輝はしっかりと電話で内容を伝えている。
「はい、えっと暴行とかの部類なんですが……えぇ、はい。僕達や大人の人も見ていましたし、病院の人も聞いてるかと」
「もうあんな奴知るか!お前らとも今後顔を合わせない!」
そう怒鳴ると彼は走って逃げてしまった。
「ほんとによかったのか?」
夏輝が嘘の電話をやめて、あたしに確認を取ってきた。
「良い。代わりはなんとかする……」
(アテなんか無いけど……)
「違う――あの子はもう家には帰れないぞ」
彼のその言葉にあたしは驚きを隠せない。
「えっ?そうか?だって通報されたと知ったら荷物纏めて出てくのはあっちじゃ……」
(だって弱みを握ったのはこっちじゃ……)
「お前、知らなすぎだ……こういうのは本人同士が、公的機関の前ではっきり言わないとぐだぐだになっちゃうんだよ」
「よく分からないけど、だったらお前の家が引き取れば良いじゃんか」
詳しい事をぐだぐだ言い始めたので嫌味を言ってやった。
「はぁ!?お前は……!母さんと親父が許してくれるわけ……」
かなり焦った表情をするので追い討ちをかけてみる。
「どうだか?好きな人なら拒否するかは分かんないけどな」
「はぁ……でもあれはどう考えたって、深城ちゃんの近くにいるのが正解だろ」
しょぼくれた様子で諦めている。だけどあたしも引き下がれない。
「それは、困るな……」
「お前はまず優都に気持ちを伝えた方が良いな」
皮肉ったらしくそう言うと、夏輝は院内へと戻っていってしまった。
いつからか。中学二年の梅雨頃だった。
その時優都が優しくしてくれて、こんなあたしを女子として扱ってくれてからあたしはずっと……
「負ける訳にはいかない……!」
病院へ振り返って拳を胸に当てて誓う。絶対に想いを告げたいと……
そしてあいつがどんな目に逢っても絶対に守ると。
「あんな残酷な体質から守ってみせる!絶対にだ……!」
それから早いもので三日が過ぎた。
僕は病院の昼食を食べる事もできず点滴を受けていた。
肺から異物は全て取り除かれたらしく胸部の管も抜かれた。
後は気管の炎症や肺が通常状態に戻るまでのあと四日の辛抱らしい。
ちなみに骨は一ヶ月かかるため、トイレなどは看護師さんに連れて行ってもらっている。
(勿論男の人だ!女性だったら困る!)
そんな事を思っていても、話すことは未だに大変ですぐに眠ってしまう。
「すうぅー」
放課後に必ず訪れる深城ちゃんも、客用の簡素ベッドで藤崎さんの膝枕で寝ていた。
「無理だけは……しないでね」
そう優しく告げるとそんな深城ちゃんの頭を撫でる。
黒髪はいつも通りデニッシュの形で、後ろへ綺麗に結ばれている。
あれから私は学校を一日だけ休んで、兄がいない登校時間に荷物を纏めて家を出た。
最近は病院に泊まったり、葉月家に少しの間居候させてもらっている。
高校どころか大学を出るまで居ても良いなんて葉月のおじさんは言ってくれてるけど、そこまでお世話になる訳にはいかない。
(どうにかして優都君が退院する前に自立する手立てを見つけないと……)
「あと四日かぁ……」
舞桜は自分の部屋のベッドに、制服のまま寝転がって天井を見つめる。
バンドのライブまであと四日……ドラムは誰に聞いても未だにツテは見つからない。
他の三人も探してくれてるとは言っていたが……
テーブルに置いたスマートフォンがバイブレーションと共に着信音が鳴る。
『
「あっ、あいみから……もしかしてっ!」
バンドメンバーで同い年の幼馴染みの女子、亜依海からの電話に出る。
「み、見つかったのか!?」
『うん!見つかったよ!』
電話越しの声はかなり嬉しそうで興奮しているようだ。
「良かったぁ……もしかして近くにいるのか?」
『うん!そ、それでね……!凄い人なんだよ!』
「へぇ……じゃあ待ち合わせよう。いつものスタジオで大丈夫?」
『うん!ほら、急いでいこうよ!』
電話越しで誰かに話しかけているみたいだ。
(気さくすぎる亜依海が迷惑かけてなければいいけど……)
「す、助っ人なんだしあんまり無茶させるなよー……って」
『ツーツーツー』
通話は既に切れていた。
実は彼女も両親を小学校の頃に亡くしている。姉が一緒にいたけど、中学の頃から旅に出ると言ったきり行方不明……
「親族探したけどいなくて、母さんとあの二人の家族と色々と協力したっけ……」
あの二人というのは、残りのバンドメンバーの男子二人の事である。その二人も小学校からの幼馴染みだ。
(あたしはあの子を元気付ける為に、音楽を勧める事しかできなかった……)
あの頃の彼女は何もかもに絶望してた……笑うことなんて無かった。
けれど今は、元々の元気な性格に戻ってくれた。
(本当に楽しんでくれてるみたいで良かった……)
テーブルの写真立てを見る。それはとあるバンド大会で優勝した時の記念写真。
同い年のあたし達四人は一緒。ドラムの助っ人は不定期だったからまた違う人だ。
「長続きしてくれると良いけど……」
あたしは小さくそう呟いて、クローゼットを開く。
黒い革ジャンと白と黒のロックなTシャツ、ジーンズのスカートに目が止まった。
そして出掛ける為にそれに着替えると、ベースの入った専用バッグを肩にかけて家を後にした。
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