第2話彼女はまるで天の邪鬼
「…………」
彼女、
彼女の黒いポニーテールと
「門限まで間に合いそう……?」
「いつも間に合ってる……」
少し心配気味に時間の事を聞いたが大丈夫そうだ。
この送り自体も間に合ってるという意味もあるのではと考えてしまう。
日が落ちるのが早くなってくる秋の季節。
藤崎さんを心配した深城が、
『時間が合ったら送り届けてあげて』
と数週間前から頼まれていた。
僕が藤崎さんと知り合ったのは高校入学の時だけど、二人は中学からの先輩後輩の仲だったらしい。
住宅街の路地まで大通りを歩き続けていた時、不意に彼女が質問してきた。
「深城ちゃん手伝った?」
「うん、手伝ったよ」
その直球な質問に簡潔に答えると……
彼女の顔が少し歪んだ。確実にイラついている顔だ。
「何を手伝ったか聞いてるの」
彼女は怒った様子で僕の胸ぐらを掴む。私服の黒いTシャツと灰色のパーカーが引っ張られる。
「へ、部屋の掃除とか?料理の手伝い……あぁ、こ、効率化だよ効率化。一緒にやれば下ごしらえも早く終わるでしょ……?」
答える途中、一瞬胸元の皮膚がつねられたから詳しく説明した。
(というか顔、近い……良い香りするしやめてぇ……!)
僕の目線の外し方でそれに気付いたのか、彼女は手を離して恥ずかしそうにする。
「そう……」
『―めん――い』
そして彼女はかなり小さな声で何かを呟いていた。
でも申し訳なさそうな顔をしていたから、送りの事かと僕は思い込んだ。
「ん?う、うん……大丈夫」
四車線の大通りの、歩道の信号は点滅していた。赤に変わる信号を待つことにした。
「お兄さんもバンドのライブ……出るの?」
「そうよ……あんたも行くの?」
今度は僕から彼女に質問した。返された質問は少し攻撃的な声色だった。
彼女の二つ年上のお兄さんも同じバンドメンバーなのである。
他のメンバーは同級生の男子二人、女子一人。小学校からの幼馴染みなので顔はよく知っている。
「い、行くよ……誘われたからね」
「ふん、良かったわね」
少し嫌味っぽい口振りだ。
(また話す話題間違えたかなぁ……)
大体彼女と話すと機嫌を損ねる。
でも時には恥ずかしがったり、本当の気持ちが僕にはあんまり分からない。
信号が赤に変わった時、中間地点の歩道に五、六歳位の男の子が取り残されていた。
向こう側では母親であろう人物が心配している。
「残されちゃったか……」
「自業自得ね。あんたみたい」
僕が男の子を心配していると、藤崎さんの辛辣な言葉が聞こえてくる。
車はどんどん通り始めていた。
だが少しこちら側の車線の通りが緩まった時、それは起こった。
天の邪鬼体質だ。
『パキパキッ……!』
目の前から男の子に向かって空間に亀裂が入る。
「え……!?」
目の前の有り得ない状況に藤崎さんは声を上げる。
(待って!そこまで強く願ったりなんて……そうだ!目を逸らさなきゃ!)
目を逸らしたがもう遅かった。到着直前に逸れた亀裂は男の子の持つサッカーボールに当たる。
勿論その子はさっきまで何も持ってなかった筈なのに……
「う、嘘……」
藤崎さんから驚愕の声が漏れた。そして男の子は勝手にボールを追いかけて歩き出す。
「くそっ!」
(どうしたらいい!?まずあの子を連れて……いや、中間まで二車線はある!)
どう考えても手前で轢かれる可能性が高い。
(でも、今なら!車は一つも……な!?)
右、数十メートル先から中型トラックが出現した。しかも手前車線だ。
(待って!これって最悪巻き込んで……!)
『プッブーー!ブーー!』
重低音のクラクションが鳴り響く。男の子は涙を浮かべるが足は止まらない。
(やるしかない!)
僕が車道に向かおうとすると、藤崎さんに右手を掴まれる。
「いや……」
「じゃあ誰がやるの!」
僕は必死に問うが、彼女の顔はあまりの現実に青冷めていた。
「もう!やめて……!」
彼女は左手で僕の右手を強く握る。痛いぐらいに。
そして右手はそのまま自分の右耳に当てていた。
「ダメだ!」
僕は左手も使って掴まれた右手をやっと振り解く。
トラックは僅か十数メートル程。ブレーキを踏んでいてもこちら側に若干傾いている。
(やっぱり!巻き込まれる!)
「ごめんっ!」
振り解いた彼女を、歩道の安全な右手側に強く押し退ける。そして全力で駆け出した。
男の子の数メートル前。トラックももう数メートルの距離。
思いっきり車道に飛び込んで、男の子を奥の車線に押し退けた。
そして宙に浮く僕をトラックが轢いた。
鈍痛が右腹部から胸部に走り、もう一車線に吹き飛ばされる。
トラックは彼の予想通りハンドルを左に切り、ガードレールをぶち壊して歩道の電柱に衝突した。
トラックの角に吹き飛ばれたからか僕の意識はまだあった。
車が続々と止まって、ドアを開ける音がうっすらと聞こえる。
「ふ、じ、さき、さんはっ……!」
目を開けると、周囲には血が滴っている。
なんとか右を向いて、飛び出した歩道に目をやるけど……トラックで見えなかった。
けれど少しすると、歩行者に助け出される彼女の姿が見えた。
(け、怪我……ない……よかっ、たぁ)
僕はその安心と共に意識を失った。
遠目に見た彼女の顔は、何かに怯えているような様子だった。
『自己犠牲なんかじゃない。
罪の償いであり、感情に左右された報いだ』
「――いちゃ―!」
声が、聞こえる。うっすらと。
「お兄ちゃん!?」
「目、覚めたのか!?」
見慣れない白い天井。
視界が少しはっきりしてきた。
「聞こえるか!?」
自分の顔を覗く、深城と
四十代後半でおでこが少し見えるショートヘアは、白髪が数本見えてきている。
とても心配している様子だった。そして深城は大粒の涙を溢していた。
部屋の電気の明かりは煌々と光る。そして窓から覗く外の暗闇に、夜であることに気付いた。
「ふっ、うっ!!ゴホッガホッ……!」
自己当時の事を思い出した。藤崎さんの名前を口に出そうとしたら
咳を右手で抑える。胸部に強烈な痛みを感じて左手で胸を抑えてしまう。
あれ?なんだか……
(声がうまく……出ない?)
『ぁ――』
「ど、どしたの?」
「大丈夫か!?」
「ゴホッゴホッ!ガバッ!」
そしてもう一度咳き込み、胸部に鈍痛が走る。抑えた手を離すと……
血を吐き出し、ベッドにぽたぽたと垂らしていた。
「お、おにいちゃん!!」
「今ナースコールを!」
その後、僕は貧血のようになってしまって意識を朦朧とさせていた。
また麻酔による処置が行われた為、その日はそのまま眠った。
意識を朦朧とさせながら目を覚ますと、医者であると思える男性と舞桜のお母さんが話をしていた。
(そっか、今日は金曜日だから……伯父さんと深城休んじゃったのかな?しかもおばさんにまで……また迷惑、かけちゃった……)
そして自分の状態に気付く。緑の酸素マスクを付けていて、右胸の下に……これは管?
息をする度胸部がきしきしと痛む。
枕元のテレビ台を見るとデジタル時計がある。時間表示は『12:30』と映っていた。
これは……起き上がって大丈夫なのかな?
右手をベッドにポンポンと叩く。
「お、起きたのね……!」
見た目は茶髪の十才程は若く見える女性、舞桜のお母さんだ。
おばさんは僕の様子に気付いてくれたみたいだ。どうやら口元を抑えて泣いているようにも見えた。
「はっ!目を覚ましたんだね……?」
三十代位の眼鏡かけた白衣の医者もこちらに気付いた。
「まずは、落ち着いて……管は絶対取らないように……」
男性医は僕を落ち着かせるように優しく語りかけてくる。
「そして、あまり激しい呼吸はしないように……」
その指示に軽く頷いた。
「私は担当医の西原です。単刀直入に説明するよ。大丈夫だよ……!君の身体は一ヶ月程の処置で治る」
僕を更に落ち着かせるように話しかけてくれた。
そして担当医は話を切り上げ数名のしっかりした看護師さんを呼んだ。
声が出せない事やその仰々しさに、ただ事では無いという感じがひしひしと伝わってきた。
(また皆に心配かけちゃったかな……?でもこれじゃ、ライブも見に行けないよね……)
しばらくして看護師さん達や担当医の状態確認も終わった。
話によると、右の肋骨にはヒビが入っている事。
そして軽い気胸である事。肺に異物が少しだけ入ってしまったらしい。
あと昨日の夜中やら自己当時に出血で意識を失ってしまったのは、大動脈が少し衝撃を受けた事。
でも奇跡的にその損傷による出血は抑えられたらしい。
普通だったら体の中で大出血を引き起こし、命を失う危険性があったそうだ。
どうやら昨日の夜中の病室とは違うのも、近くの病院から大きな病院に搬送されたからだそうだ。
「ゆー君、大丈夫……?まだ痛む?」
担当医等が去った後、おばさんから声をかけられた。
こくりと頷いた。気胸とやらで少し息をする度胸部が痛む。
「あっ、そうね。ホワイトボードを渡すからちょっと待ってね?」
「はい。書けそう?」
そして白いホワイトボードと黒いペンを渡される。
右手を伸ばすが、痺れが走る。
(これ位我慢するんだ……!)
なんとかボードを受けとる。
「ゆっくりで良いのよ?あまり息を崩しちゃだめよ……?」
手は痺れてボードに書く力までは無い為、こくりと軽く頷いた。
「要おじさんは着替えとかを渡してって。でもそれどころじゃなさそうね……あの子達も夕方に来てくれるみたいよ?」
(そっか、もしかしたら徹夜して仕事に行ったのかな……?最近無理してそうだし心配というか、またそんな所を僕が迷惑かけて……)
「そんな暗い顔しないの……!きっとすぐ治るわよ!今はゆっくり休みなさい?」
おばさんは元気を出そうと優しく答えてくれた。
僕はボードに少しずつ気になることを書く。
『深城は?藤崎さんは?』
「もう一辺に書かないの……朝方におじさんと帰ったわ。深城ちゃんは行かないでここに残る!って言うからおじさんも仕事に行くからって……」
おばさんは無理したであろう二人の事を心配してる様子だった。
「仕事はともかく、深城ちゃんはこんな時位側にいさせてあげれば良いのに……」
そんな事を聞いたら申し訳ない気持ちで一杯だ。
「藤崎さんは……静乃ちゃんは無事だったんだけどちょっとね……」
おばさんは更に心配そうな顔を浮かべる。
(そういえば僕に凄い怯えてて……)
「ちょっと怖い事を思い出しちゃったみたいで……元気が無いみたいなの……」
おばさんは複雑な表情を見せる。事故現場にいたのにそんな様子を舞桜が見たら……
『舞桜は怒ってました?』
「そ、そうね……私も弁解はしたんだけど……」
更におばさんは悲しそうな顔をする。
「それより!ほら!元気ないときはこれよ!」
おばさんの手からファンタジーものと呼ばれるライトノベルの一巻を渡される。
(そ、そういえばおばさんこういうの好きだったなぁ)
舞桜との趣味が正反対なのは昔からで、見た目と中身も若く見える。
「男の子はこういう熱血なのが好きだと思って……!」
表紙には赤い髪の男の子が刀を持っている。
『ありがとうございます……』
僕は困った顔をしながらホワイトボードに文字を書いた。
どうやら一週間は状態の急変もあり得るらしく、肺の呼吸困難になればナースコールを押せなくなる事もある。
心電図の様子で非常勤の看護師さんが駆けつけてくれるみたいだが、危うくなってからでは心配停止に繋がる可能性が高くなる。
という事で医者には誰かが付き添う事を推奨されているみたいだ。
個室の病室には丁寧に付き添い用のベッドまで用意されていた。
明日は夏輝のお母さんが来てくれるらしい。藤崎さんの家族は……いない。
おばさんもその事を知ったんだろう。少し悲しい表情を見せた。
僕の事はともかく、父親を失った時の舞桜の気持ちを一番知ってるはずだ。
「集中治療室とか他の手段もあったみたいだけど……ゆう君そういうの……嫌でしょ?」
大動脈よ出血は免れて危険性はそこまで高く無い為、重い施設を使うかは選べたみたいだ。
そこで夏輝の家族や舞桜のお母さんが、協力の手を差し伸べてくれたみたいだ。
(感謝しないと……)
『いつもありがとうございます』
(舞桜や夏輝にも助けられてばっかりで……)
「いいのよ……!いつも舞桜と仲良くしてくれてるお礼よー」
そしておばさんはそっと頭を撫でてくれた。
そして僕は点滴に繋がれたまま、夕方まで少し眠ることにした。
目を覚ますと時間は午後四時。皆が来てくれるまで貸してもらった本を読んでいた。
「お兄ちゃん……?」
深城が病室に入ってきた。そして続々と夏輝や舞桜も入ってくる。
そして……藤崎さんもいる。
(あ、あの二人……一緒で大丈夫なのか……?)
深城が僕の元に寄ってくると、舞桜の表情が歪む。
そして藤崎さんは……凄く元気が無い。いつもの張り合うような感じは全くしなかった。
『大丈夫だよ』
僕はホワイトボードでそう書くが……
「ぼろぼろじゃない……声も出なくなって」
深城は僕の手を握り、ぼろぼろと涙を流す。
舞桜も近寄って涙を流し始めた。
「あんたが生きてなきゃ……あんたはここまで頑張ってきたのに……」
「そうだ。俺の力だって、あれには叶わない。俺達側にいるって、いつでも駆けつけるって約束しただろ……?」
夏輝も涙ぐみながらそっと二人の肩を支えて僕に話しかけてきた。
(その通りだ、ここまで無茶したんじゃ……本当に僕は願うことを、祈ることをやめなきゃならない……)
藤崎さんは僕の痛々しい姿を見て、余計怖がってしまう。俯いてしまう。
「…………」
(お願いだから……藤崎さんには、そんな悲しい顔してほしくない……)
僕の視線に気付いたのか舞桜が振り返る。
「ねぇ……!」
「やめろ舞桜」
夏輝が彼女を止めにかかる。
「優都に、なんか言うことあるんじゃないの……?」
彼女は震えながら、堪えながら藤崎さんに問いかける。
「ご、ごめんなさい……」
藤崎さんはか細い声で謝る。だがあの事が受け入れられないのかまた俯いてしまう。
「違うでしょ!」
「やめろ!」
舞桜が声を荒げ始める。そして夏輝が彼女を掴んで動きを止める。
「本当の事話しなさいよ!!」
(ほ、本当の事?)
「やめてよ……!」
深城が泣きながら答える。そして小さく怒った様子で呟いた。
「もう、出てって……」
彼女が本気で怒る姿なんて滅多に見なかった。
「だって深城ちゃん!」
舞桜が深城に訴えかける。
「皆がいたんじゃ……話せないでしょ。二人きりにさせてあげて……」
深城はぐすんと泣くのを堪えながら、病室を立ち去っていく。
(ど、どういうこと……?)
そして舞桜は藤崎さんを睨んだまま、夏輝に引っ張られて外に出ていく。その後をおばさんが疲れた様子で追って出ていった。
藤崎さんと二人きりになった。
(な、何か大切な話……なのかな?)
『体は大丈夫そう?』
気まずくてホワイトボードを見せるが、彼女は俯いたままで震えている。
「ごめんなさい。私が殺したの――あなたの両親を……」
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