僕が天の邪鬼と幸せになれる方法

涼太かぶき

#1 天の邪鬼な藤崎さん

第1話僕のいつもの日常

『キーンコーンカーンコーン』

 学校のホームルーム終了のチャイムが鳴り、放課後を迎える。

 ここは雨柳あまやなぎ高校。どこにでもある平凡な共学の高校だ。


 そして僕はここの一年生、葉月はづき 優都ゆうとだ。

 見た目は何の変哲も無い男子高校生。髪色は黒髪で、長めのショートヘアと爽やか過ぎず普通。

 肌寒い秋風が教室の窓から入ってくる。僕は冬服の紺の制服、そのブレザーまで羽織っていた。

 校内の木々の葉は赤くなっていた。


「ほら……帰るぞ」

 後ろからボーイッシュなかっこいい女性の声が聞こえてくる。

 声の主は小さい頃からのお馴染み、八神やがみ 舞桜まお。彼女は紺色のスクールバックの持ち手を右手に握って、右肩にそれを背負っている。


 彼女は中学からロックバンドを続けている。

 見た目は髪色を濃い赤茶色に染めていて、長さはロングで髪質も綺麗だ。

 彼女も寒がりだからかブレザーを羽織っている。だけど見た目を気にしているのか前のボタンは留めていない。


 前髪は多いが右から左に流して耳にかけている。ベースの練習をしたいから早く帰りたいのだろう。

「あぁ、うん。夏輝なつきは?」

「ん?あー下で待ってるってよ」


 夏輝というのはもう一人の共通の幼馴染みである。

 灰原はいばら 夏輝なつき。見た目は少しくりくりの天然パーマの茶髪イケメン。


 そして体格の大きさも通常……なのだがボクシングや空手等の経験が幼い頃からある為、一緒にいるといつも心強い。

 別にここらへんの治安が悪いとかそういう訳じゃないんだが……



 廊下を二人で歩いていると、舞桜から話しかけられる。

「まだ気にしてるのか?」

 その言葉に一瞬で自分の体質についての事だと気付いた。


「いいや。そこまで」

 肩にスクールバックをかけながら、手を頭の後ろに回して気にしてない振りをする。

「そうか。無理は……すんなよ」

「うん。舞桜も程々に頑張ってね」

「あぁ……」

 僕の無理に作った笑顔に、舞桜は悔しそうな表情を見せる。



 僕の体質というものは……こんなもの科学的にはあり得ない話だと分かっている。


 天邪鬼あまのじゃく体質。

 それは強い期待や願いを祈ると、その真逆の事が現実に起こってしまう。

 そして本人と家族同然程の、親しい人物しかそれを直視できない。


 まるでその瞬間まで起こっていた現実が捻じ曲がるかのように……

 人の命すらも奪っていく。


 でもそんな僕を支えてくれた人がいた。

 それは体質を直視した伯父と従姉妹。幼馴染みの舞桜と夏輝だ。


 そうだ。願う事に問題があるとしたら、支えてくれた周囲の人に感謝する。

 それ以上の幸せなんて望まない。僕はそうやって生きてきた。



 階段を降りて下駄箱へと向かう途中、もう一度舞桜から話しかけられる。

「なぁ。今週の日曜、空いてるか?」

「空いてるけど?」


 彼女はそっぽを向いて少し恥ずかしそうにしている。

「ライブ……やるんだ」

「そっか……」

(やっぱり舞桜は凄いんだな……ってあんまり尊敬し過ぎるのも……)


 でも僕の悩む顔を見て、彼女は呆れながら聞き直してきた。

「はぁ……見に来るのかってことだよ」

「良いの?でも僕、応援とかは……」

「別に……見るだけでいいし」

 何故だかまた恥ずかしがっている。

(もっと自信持っても良いと思うんだけどなぁ)


「素直に見に来て欲しいーって言えば良いじゃんか」

 下駄箱の場所で、夏輝が待ち構えていたと言わんばかりに話しかけてきた。

 彼はスクールバックをリュックのように背負いながら、鉄で出来たロッカーに寄っ掛かっている。


「お、おまえっ!」

 舞桜は顔を赤くしたまま、茶化された事に怒っていた。

「あー夏輝。おまたせ」

「うっす。じゃあ帰るか」


 舞桜が僕達をスルーして靴を取りに行ってしまう。

「行くよ」

 その瞬間、彼女は黙ったまま立ち止まっていた。

「詳しい時間は後で教えるから」

 彼女がそう告げると、また夏輝が茶化そうとしてきた。


「一緒に帰るんだから今……」

「うっさいわね」

 振り返り様に睨まれた。

「は、はーい。静かにしてまーす」

 彼女のしつこいという強い視線に、流石の夏輝も驚いている。


 いつもこんな感じ。ギスギスしてもどっちかが折れるか僕が止める。昔からそうだった。

「ほら。早く帰んぞー」

「あぁ、うん。今行くよ」

 いつの間にか靴を履いていた夏輝に急かされた。



 夕暮れの帰り道。舞桜のバンドのライブの話をし終わると、夏輝が即座に確認を取った。

「んで、五時から始まるのか」

「そーよ。ってかあんたも来んの?」


 その舞桜の薄情な言葉に、夏輝は立ち止まってショックを受けている。

「えっ……!流石に仲間外れはきついって……!」

「冗談よ。しっかり面倒見てあげなさいよ」


(ん?面倒?それって誰の事?)

「え。そ、それって他に誰かいるの?」

「あんたの他に誰がいるのよ」

「あぁ、納得」

(な、なるほど。体質の事を……)


「まぁでも。この様子なら心配無さそうね」

「一応目隠ししといた方が良いんじゃないか?」

 舞桜が安堵しているが、夏輝がおかしな提案をする。


「ちょっと」

「た、確かに……一理あるわね」

「だろう?希望を持ちすぎなければ良いんだ」

 止めようとするが二人は聞く耳を持たない。

(いやいやおかしいよね?それじゃ見ることしか出来ないよね?)


「見るだけで良かったんじゃないの……?」

 少し呆れながら根底の話を持ち出す。

「でもーどっちかって言ったら聴いて欲しい方だろ?」

「そりゃあそうよ!」

 夏輝の提案に、舞桜は自分の胸を叩きながら自信げに答えた。


「た、確かにそうだけど……」

 僕が口ごもりながら答えると、二人がニコニコと微笑んでいる。

 そして口を揃えてこう言った。

「冗談だよ」

「冗談よ」


(な、なんか少しあしらわれてない……?)

「お前の扱いにも充分慣れてるって事だ」

「これならあんたが心配する事は無いわ」

 二人は自らの腕を組み、うんうんと頷きながら答える。


 そうしている間にも夏輝の家に着いた。

「お、じゃまた明日な」

 彼は家の扉に手をかけながら少し手を上げた。

「はいはい、また明日ね」

「うん、また明日」


 手を少し上げて別れを告げると彼は扉を閉じた。そしてただいまと声がかすかに聞こえた。

「さ、帰りましょ」

「うん」



 また二人きりになってしまった。

 新しいクラスになってから舞桜と二人の時が多い。

 でも最近、あまり話が続かなくて少し悲しい。長いからそこまでの事でも無いけど。


「そ、そういえば深城みしろちゃんは元気?」

「うん元気だよ。それどころか本当にいつも助けられてばっかりだよ」

「そ、そう……」

 僕が嬉しそうにそう答えると、彼女は沈んだ表情を見せる。


「ん?どうかした?」

「いや、何でも……ないわ」

(な、何かまずいこと言っちゃったかな?)


 再び流れる沈黙。まぁ普通にいつもの事だし慣れてはいるけど……。

 悲しそうな顔をされるとちょっと胸が痛む。


「何かあったの?」

「え?な、なんで?」

「な、なんかすごい悩んでそうだったから……」

 僕からいつも元気な彼女にこういう事を聞くのは、凄い恥ずかしいからそっぽを向いてしまった。


「だ、大丈夫よ……!何もないわ!」

 彼女はすぐ笑顔に戻ると元気そうに振る舞った。

 そんなの嘘だと分かってる。でもその理由に気付けないのが悔しい。


「何かあったら声かけてね……!いつでも待ってるから」

「え……あっ!う、うん!ありがと……」

 僕の一踏ん張りの言葉に、彼女は一瞬驚いた様子だったが凄く嬉しそうにしていた。


 だから親友である彼女に、僕が言える言葉はそれしか見当たらなかった。

 本当は言及しても良かったのに……。

 また僕は逃げた。大切な人を失う怖さから逃げた。


 あっという間に別れ道になり、それぞれ帰ることになった。

「んじゃ、じゃあね」

「うん、またね」

 いつもの言葉を交わすが、やっぱり覇気が無かった。


(やっぱり何か困ってることでもあるのかな……)

 二つの路地に別れた道を進み、数年前に改装された一軒家へと足を踏み入れた。


 二つある鍵の上の鍵だけ閉まっていたので、バッグから取り出した鍵を使って開ける。

「ただいまー」

「おかえりー」

 キッチンから一つ下の従姉妹の深城の声が聞こえた。

 そして料理をしているのか包丁をトントンする音も聞こえた。


 僕は廊下を真っ直ぐ進み、洗面所へと向かって手を洗う。そして廊下の左手にあったリビングへ戻って荷物を置く。


「お父さんは七時半位に帰ってくるって」

「そっか、分かった」

 リビングに入り、左隣にあるキッチンの深城と会話をする。

 僕は深城と伯父と一緒に住んでいる。


 綺麗な長い黒髪。その一部を後ろに纏めたお団子ヘアにしているけど、それでも長い髪は背中の辺りまである。

 だけどその纏め方は凝ってあり、お団子の周りを三編みでぐるぐると巻いている。まるで小さなデニッシュやパイの形に見える。


 そして僕はリビング右隣にある和室へと向かう。

 仏壇の前に座り、ロウソクにライターをつけた。

 妹のなぎさ、母の佐織さおり、父の長門ながとの遺影が三つ飾られている。そして中心には僕達が幼い頃に四人で撮った写真、伯父家族と一緒に撮った写真も飾られている。


 お線香をロウソクに近付けて火を付け、香炉灰の入った薄緑の香炉に立てる。

「ただいま」

 手を合わせるとやっぱり思い出してしまう。あの時の事を。



 五年前、十一歳の秋。僕が小学五年の時の運動会の日曜日にそれは起こった。

 母と父はその日だけ仕事の事情で、来るのが午後になってしまった。

 だから伯父と深城が先に来て、ビデオに収めてくれるという話だった。


 けれどお昼時になっても父と母は中々来なかった。連絡もつかず、僕と妹の渚は午後の競技が始まってしまった。

 その間両親は、交通事故に遭っていた……

 伯父と深城が渚も連れて病院に向かうという事になったが、渚は校内をいくら探しても見つからなかった。


 学校の電話で家に連絡しても全く連絡がつかない。

 そして何度か電話すると話し中のコール音。

 三人で急いで家に帰ると、電話片手に彼女は倒れていた。

 両親は事故での脳へのダメージにより即死。渚は病院からの連絡により、ショックによる心臓発作を起こしていたらしい。



「お兄ちゃん……!」

 仏壇の前で考え事をしていると、後ろからお腹に手を回され深城に抱き締められていた。

「ふぇ」


 肩に顎が乗ってぎゅっと抱き締められる。エプロン越しでも、柔らかい感触に一瞬驚いてしまった。

「また、思い出してたの……?」

「ん?あー、ちょっとね。でもありがと」

 彼女の泣きそうな震えた声が部屋に響く。


(また心配させちゃったかな……)

 亡くなってしばらくは涙も出てこなくて、仏壇を見るだけで吐き気が止まらなかった。

 そんな頃を思い出させちゃったのかもしれない。


「ほら、料理手伝うから。ちゃっちゃと作っちゃおう」

「うん……」


 その後は制服を二階の自室に立て掛けて私服に着替えた。

 そして深城の料理の下ごしらえをある程度手伝うと、足りない飲み物等をスーパーまで買く事になり……

 あと深城が欲しいって言っていた、あるコンビニ限定のプリンも……


(うぅ、近くのコンビニってあそこしかないよね……)

 人気のあるコンビニの一つ、フォクシーマート。大通りの住宅街近くにある、緑と白と青色の狐の看板が目印。

「うぅ……」


 コンビニの自動ドアが開き、思いきって踏み出した。

 やっぱりいた。黒髪の少女と一瞬目が合う。そして睨まれる。そして目を逸らして無言。

(僕が何したって言うんだ……?)


 スイーツ欄を見ていると、後から入ってきたお客さんにはいらっしゃいませーとのんびりした声で言っている。

 プリンを二つ、杏仁豆腐を一つ手に掴むとレジへと向かった。


 生憎、他のレジは休止中の札が置いてある。

「お客様、このレジは休止中です」

「はぁ……KEIYUみたいな自動精算機とかどこにも無いじゃん」

「チッ」


 嫌そうな顔で彼女はバーコードを読み取る。

 彼女は同じクラスの藤崎ふじさき 静乃しずのさん。

 黒髪のロングヘアーで、今日もポニーテールに纏められている。


 席も近いが、唯一僕を毛嫌いしている。舞桜が僕の近くにいると何も言ってこないが、面を合わせるといつもこうだ。


 ちなみに彼女同士は、こんな言葉を交わさない程凄く仲が悪い。

(見た目的にも名前的にも性格的にも真反対だもんなぁ……)


『ドンッ!』

 彼女は三つのコードを読み込むと、杏仁豆腐だけ台に力強く置く。

 他の客もびっくりしてこちらを一瞬見る。

「444円です」

「はいはい、391円ね」

 レジの表示は間違いなく三と九と一が並んでいる。


 プリンは128円、それを二つで256円。

 杏仁豆腐が135円。合わせて391円。

 価値的に7円減っていてもおかしくないとは思う。


「深城ちゃんによろしく……」

「うん……」

 どんな経緯で知り合ったのかは知らないけど、彼女は深城と知り合いで仲が良いらしい。

 そんな照れた姿に少し見とれながら、代金を払う。


 そして彼女は二つのプリンと二つのスプーンを丁寧に袋に入れた後、杏仁豆腐だけ縦に振りながら……

「ひっ!ちょっやめ……!」

(あぁ、またぐちゃぐちゃに……)


 それも袋にしまうと、また顔を赤くしながら袋を差し出してきた。

「ちょっと外で待ってて……」

 ふと店内の針時計を見ると、時間は六時半だった。


「あぁ、はいはい……」

 彼女の門限は七時らしい。だからスーパーに寄ってから来ると、いつもこの時間で少し外で待たされる。


 深城にそれも全て計算されたのだろう。

 時間を見越した彼女から、端末の緑のメッセージアプリに連絡が届く。

『暗いからちゃんと送ってあげるんだよ!』

 はーいと返事を送る。少し肌寒い十月末の夜風に吹かれながら、藤崎さんを待つことにした。

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