2012.10.31 エピローグ02

「荒療治する前に、相談しなさい。私なら傷が残らないように処置を施せたわよ」


「いや、むしろ。思いっきり残ってほしかったので、都合がいいんです」


 タバコの煙を吐き出しながら、龍浪はくぐもった声で笑った。


「おめでとう。退院間際に治ったみたいだね」


「なんの話ですか? 病気は先生のおかげで治ってたでしょ」


「そっちじゃなくて、医者では治せない病気が深刻な問題だったでしょ。長いこと面倒みてきた患者のために、できることはないかって色々と考えてたのよ」


「ボク自身の問題ですからね。龍浪先生にできることはなかったと思いますけど。どれだけ神がかった治療ができても、生きる気力がなければ死んでしまうのと同じです」


「そこまでわかってて、あんだけクソだったのはムカつくわね。でも、前に進み出したんだったら、ご褒美をあげる。私のオススメの温泉を紹介するわ。ちょうどいいじゃん。カレンでも誘って旅行したら? その時のお土産は病院に送ってね」


「そんな悠長なことできませんよ。UMAを体から摘出したのも、すぐにバレますし」


「それなら考えがあるわ。顔を変えればいいのよ」


「整形手術ですか?」


「いや、そうじゃなくて、こうよ」


 言うがはやいか、龍浪に眼鏡を奪われる。いきなりのことに抵抗が追いつかない。取り返そうとすぐに風見は手を伸ばしたが、その頃には眼鏡は地面に捨てられていた。

 躊躇いなく龍浪に踏みつけられて、レンズの割れる音が夜の静寂の中に響いた。


「ひどすぎません? 本当はボクの心配とかなんもしてなかったでしょ?」


「心外ね。だいたい、度が入ってない眼鏡だから構わないでしょ。ほら、変装にもなるし」


「なりませんよ。片岡さんを舐めすぎです」


「だったら、風見くんはチャンくんを舐めすぎね。彼ならば、UMAを回収したのがバレないように、しばらくは時間を稼ぐでしょ。少なくとも、一泊二日ぐらいの猶予はできるんじゃない?」


 龍浪はどういう計算で、一泊二日もの余裕ができると考えたのだろう。仮に、それだけの余裕があったとしても、長生きするための準備期間をするにしては短すぎる。


「そもそも、一泊二日もカレンと一緒は地獄ですよ。会ってなにを話せばいいか、わかんないし。会話のキッカケになるネタがない」


「しょうがないわね。最後の最後まで、ダメダメな患者なんだから。担当医として、私がリハビリ方法を教えてやろうではないか」


「リハビリ方法って?」


 たずねながらも風見の視界に入ったのは、川島疾風の愛車だ。龍浪と疾風が幼稚園からの付き合いというのを知っている。

 中学卒業までは、波風が立つを体現したような二人組だったそうだ。

 漢字で書くとしたら『浪疾風が龍』という感じか。


 そんな二人も、疾風と朱美の雲行きが怪しくなった頃から、疎遠になっていたはずだ。

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