2012.10.31有【最終章】09
風見も立ち上がり、有と同じものを全身で感じ取っている。
「ちらっと見たんだけど、有くんは川島疾風の助手席に乗ってたよな? どんな感じだった?」
たずねられた瞬間に、有は元気になる。眠気が吹っ飛んだ。
誰かに話したかったのだ。ありがたい。
「きいてくださいよ。すごかったんです。車がありえないスピードでカーブに突っ込んでいって。ほんとにやばかってん。死んだって思ったのに、生きとったりして。ほんでな。また次に死んだって思ったら、やっぱり元気で。ついには、トンネル抜ける度に、幻覚みえてましたからね。いや、本物かもしれんけど。スカイフィッシュが見えたんや」
「関西弁になってるよ。そうとう、興奮してるね」
「ああ。ほんまや」
喋り足りないのか、まだ関西弁が抜けそうにない。思い出話を口にしただけで、ここまで余韻がよみがえってくるとは。相当な経験をしたのだと、我ながら呆れる。
「でも、すごいな。スカイフィッシュを見たんだ?」
「ほんまやで? 信じてくれてます?」
「もちろんだよ。一九九三年にネッシーが見つかってから、UMAの存在を否定はできなくなった。世界にそこまでの変化がないのは悲しいことだと思う。せっかく宿命を捻じ曲げて運命におとしたのに、このざまとはね」
一九九三年、ネッシーの写真としてとりわけ有名な『外科医の写真』が物議を醸し出した。当時の関係者が死の直前になって、あの写真がフェイクだと告白した。本当は潜水艦の模型を使ったもので、湖面から首を出したネッシーではありませんという内容だった。
問題となった事件は、あの捏造写真発覚から一ヶ月もたたないタイミングで起きた。
何者かに捕獲されたとみられるネッシーが、息の根を止められた姿で発見されたのだ。
あのタイミングでの死体放置事件のせいで『外科医の写真』にも疑惑が残っている。何らかの圧力がかけられて捏造だという告白を強いられたのではないかとも言われている。
「なんなんや、風見さん。ほんまは、UMAについて詳しかったんや? もっと前から知っとったら、一緒にUMAの話ができたかもしれへんのに」
「そんな興奮されても困るな。調べられること以上に詳しいUMAなんて、一種類しかいないからね」
「それって、なんですか?」
「人魚だよ。ボクは知ってるから、人魚が存在してるのを」
「意外なところをついてきますね」
「そうだ。退院前に連絡先を交換しとこうか。もしかしたら、有くんがヒナをみつけるかもしれないしね」
MR2を駆る走り屋が、自身の名前と同じ『疾風』でも運んできたのか、いつの間にか雲が動いていた。
星空と月の輝きが、風見の真っ直ぐな瞳を照らしている。
勇次のように、UMAの存在を信じて疑っていない。
だから、有も疑わずに笑って答えられる。
「確認ですけど。そのヒナっていうのが、人魚の名前なんですね?」
「そうだ。海に帰っていった人魚。イリヤ・ヒナ・プレステージ。ぼくの初恋の相手だ。いまも、どこかで泳いでいるのは『悪魔の証明』でなくなっているしな」
悪魔の証明という言葉にも有は興味を持った。それ以上に優先して知りたいことをたずねる。
「初恋の人って、どういうことですか?」
「詳しく聞きたいって感じだけど、ろくな話じゃないからな。途中色々あっても、ヘタレの男が便所に逃げ込む結末しか待ってないからね」
「なんか、めっちゃ気になる感じなんやけど」
「期待しても話せないよ。だってまだ、ボクの初恋は――」
風見の言葉尻は、主張の激しいエンジン音の轟きにかき消されてしまった。
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