2012.10.31有【最終章】06

「にしても、あいつの料理だけが、来てくれるとはな。もしかして、そういう運命に変わったってことなのかね」


 割り箸を紙から取り出す風見の横で、有は三角座りをする。あまりにも手持ち無沙汰な状況に、なんとなくたずねてみる。


「そういえば、風見さんは運命と宿命とのちがいってわかります?」


「わかるけど、うまく説明できるかな」


 一口目をモグモグと咀嚼し終えてから、風見は続ける。


「簡単にいえば、抗えないものが宿命。読んで字のごとく、命に宿るものってことは、最初から決まってるって意味合いだからね。一方で運命は、その人次第で変えることができる。あくまで、ぼくの個人的な見解なんだけどね」


「ピンときませんね」


 風見はなにかのおかずを半分に切ったのに、口に運ぶのをやめた。


「うーん。じゃあ、宿命の具体例を出せばわかってもらえるかな。生物は誕生した瞬間に、死ぬことは決まってる。これは、わかる?」


「わかりますよ。けど、壮大な話になってますね」


「じゃあ、有くんに関係あることで考えてみようか。空野家で、お父さんとお母さんの子供として生まれたのは、宿命で決まってたと言える。他はありえないだろ。仮に再婚しても、生みの親はその二人だ」


「つまり、選びようのないことが宿命ってことですか。ぼくが今日、病院を飛び出したのは、宿命ではなくて運命だったと」


「そうだね。大げさにいえば、運命に導かれて、有くんは帰ってきた。ぼくがいま、ここで弁当を食べているのは、運命で決まってたのかもしれない。読んで字のごとく。命が運んでくる結果が、運命なのだから」


 説明を終えて、風見はようやく弁当を食べるのに集中しはじめる。パクパクと勢いよく食べていく隣にいるからか、不意に父の言葉が有の中でよみがえる。

 食べ物は体を育てる、言葉は心を育てる。

 数多の人々から受け取ってきた言葉に育てられた有の心には、声にならない叫びが渦巻いている。

 形にもなっていないそれらは、有が口を開いた瞬間に大人びた台詞に変貌する。


「そう考えると、運命って優しい言葉なんですね」


 有は喋りながら、誰かの話を聞いているような不思議な感覚に陥った。


「いい言葉だね。でも、有くんが言っても、説得力はないよ。それっぽいだけだ。悪いけど、心には響かない。ほらさ。学生が主人公の作品って溢れてるだろ。そいつらの名言とかあるじゃん。あれって、大人からしたらバカバカしいんだよ。なにがわかるんだって話だ。大人が描いてるんだとしても、ガキに言わすなよって、笑えてくる」


 その通りだと思う。

 なにも知らない子供がほざいたせいで、せっかくの言葉が薄っぺらくて無価値なものになることもあるだろう。

 そこまで理解したうえで、有の心の中には獣の叫びのようなものが渦巻きはじめる。自分の内側のことだから、頭のどこかで理解する。


 否定しろ。


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