2012.10.31有【最終章】05
MR2の助手席で、有の世界はがらりと変わった。
猛スピードで、三連トンネルに突っ込んでいったのを、これから先も忘れないと思う。一回目の出口で違和感を覚え、二回目でスカイフィッシュを見ていると確信を持ち、そして三回目の出口。
疾風はMR2でスカイフィッシュをはねて、何事もなかったように走り続けた。
さすがに有は
「いまのスカイフィッシュですよ!」
と、騒いだ。
だが、疾風は表情を変えることなく
「ああ、あれな。そこそこ調子いいときに、見えるんだ。レースゲームのゴーストみたいなもんだと勝手に思ってる。脳内で作った錯覚だろ、錯覚」
その時は、横Gにやられていて反論しなかった。が、後になっておかしいと思った。その理屈ならば、どうして運転していない有にも見えるのだ。
あのとき、すぐに車をとめてもらっていたら、いまごろはスカイフィッシュを勇次に自慢できていたかもしれない。
後悔したまま歩いていると、屋上に繋がる階段を上りきっていた。
屋上の扉は解放されていて、外の空気が風に乗って運ばれてくる。
煙草の匂い。
煙草と風見が、有の頭の中で直結しない。人影をみつけたので、先客がいるのは間違いない。だが、星空の下は暗すぎて性別すらわからない。
「ん? 誰か来たの? 屋上は立ち入り禁止ですよ」
声だけでは風見という確信が持てない。だが、信頼している大人たちを疑う自分でいたくはない。
「風見さんですよね? 空野有です」
「有くん? どうしたの、こんな場所に来て?」
友達が認めてくれるように、無垢でいたら報われる。本当によかった。
「実は、病室に誰もいないんですよ。もしものために風見さんを頼らせてもらおうと思ってまして」
「ああ、そういうこと。女子会するって騒いでたもんな。あれは共通の知り合いの悪口で盛り上がる雰囲気だったから、長くなるぞ」
星の光だけでは、風見の表情はわからない。ただ、咥えている煙草のおかげで、口元が皮肉げに歪んでいるのだけは見えた。
「煙草吸うんですね。それのせいで、別の人かと、疑いましたよ」
「ああ、ごめん。くさかったね」
すぐに煙草をもみ消して、風見は携帯灰皿に吸殻を突っ込んでくれる。
「いや、消してもらう必要はなかったんですよ。なんか、ごめんなさい」
互いに謝っている状態がきまずいのか、風見がポリポリと頭をかく。
「お? いま気づいたけど。そっちは、うまそうな匂いさせてるね」
弁当の袋を有は持ち上げる。見せつけるようにしたのだが、暗くてわからないか。そんな中でも判断がつくとは、よほど鼻がいいようだ。
「お弁当です。食べますか?」
「腹減ってるから、ありがたい。買うよ」
「いや、そんな。そもそも、ぼくは定価しりませんし」
「定食だと、八〇〇円。弁当の場合、味噌汁がつかないけど、容器代とかがあるから、同じ値段なんだよな」
「よく知ってますね。あつもり食堂の常連なんですか?」
有の問いには答えずに、風見はポケットを漁っている。小銭がなかったようで、千円札と弁当の入った袋を交換する。
風見はあぐらをかいて、膝の上に弁当を置く。
ここで食べるつもりらしい。
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