2012.10.31有【最終章】04
受け取って弁当の中身を確認すると、確信に変わる。
MR2の助手席に乗っている時に、有が膝の上でひっくり返らないように守った弁当だ。四つあったと思ったが、三つは食べてしまったのだろう。診察室のゴミ箱にいくつか弁当の空き容器が捨てられているのに、今更ながらきづいた。
「お腹いっぱいになって、余ってん。さっきチンしたところやから、あったかい内に食べときよ」
「いや、お腹すいてないんだけど」
「ほな、腹減っとるやつに売って小銭かせいだらええやん」
「いやだよ。めんどくさい」
「有くん。女子会に男性は邪魔なんです。わかりませんか?」
直線でアクセルを踏み込む川島疾風のように、未来は無駄なく本音を伝えてくる。
他の女性陣が固まる中、未来はさらに駆け抜ける。
「回りくどいことをいうのは最速ではないので、続けます。もう出て行ってください。私たちは、はやくシップーのことを肴にして、飲みたいんですよ」
未来はくるくると検尿コップの酒をまわしている。本当は、いますぐにでも飲みたいのかもしれない。
「ありえないっす、未来さん。一番年上なんですから、そこらへんは大人の気遣いを見せてくださいよ。お手本みせますから、覚えておいてください!」
大慌ての七海は、微笑みながら有に近づいてきた。
「有くん。屋上に風見さんがいるからさ、売りにいくのなら狙い目だよ。あの人、晩ご飯を食べ損ねてたはずだから」
「わかりました。誰もいない病室で寝るのはこわいですから、風見さんと病室に戻っておきますね」
有はそれじゃあと、頭を下げてから診察室を出て行く。
ドアがしまると、笑い声が消えた。完璧な防音だ。打って変わっての廊下の暗さと静けさに、なんだか耳が痛くなる。
この雰囲気がおどろおどろしくて、有よりも小さい子供が泣いていたのを思い出した。
正直、それのなにがこわいのだろうと、いまは思う。
目の前の診察室にいる女性たちのほうが、強くてこわい。近しい大人の女性が美人で自立しているせいで、有の女性に対する偏見がすごいことになっている。
それでも、優しい人たちなのは知っている。有の病気を知っていて、心配するだけではない人たちだ。
他の態度もとってくれるのは、ありがたいといえばありがたい。
屋上に向かって歩きながら、有は自分の患っている病気のことを考える。
先天性中枢性肺胞低換気(せんてんせいちゅうすうせいはいほうていかんき)症候群
――別名・オンディーヌの呪い。
簡単に言えば、眠っている最中に呼吸が止まる病気で、睡眠の際は鼻マスクを用意して人口呼吸しなければ死んでしまう。
本来は三十歳から五十歳の男性によく見られる症状なのだが、有の父が患っていたためか、有は五歳の頃から病状があらわれはじめた。
元から体が弱かったのもあり、有はその頃から病院生活を強いられるようになった。
ちなみにオンディーヌとは、ドイツの作家フリードリヒ・フーケの「ウンディーネ」を原作に、フランスの戯曲家ジャン・ジロドゥが書いた戯曲だそうだ。有が六歳のときに死んだ父が教えてくれた懐かしい話だ。
インターネットを使えるようになった頃、有は『ウンディーネ』で検索をかけた。そのとき、小学三年生以上が対象となっているウンディーネの絵本を見つけた。
小学三年生の今年の誕生日は、この絵本をせがもうと思っている。
もっとも、今日一日の経験がなければ、今年もUMA関連の本をプレゼントしてもらおうと考えていた。絵本のレビューや説明文に目を通したとき、いまの自分では理解できないと頭ごなしに諦めてしまっていたのだ。
『あの人を涙で殺しました』『魂は重すぎる荷物』『人魚姫に似ているが、それよりも大人向け』『悲恋物語』
姉がアダルトビデオの女優だと知って、逃げ出した。
外の世界を肌で感じ、色んな人と話し、あの車に乗った。
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