2012.10.31有【最終章】01

 消灯時間を迎えた病院の廊下は暗い。

 有にとっては、見慣れた光景だ。

 非常口誘導灯の緑色の光源さえあれば、どこにでもたどり着ける土地勘がある。にも関わらず、いまは移動に時間がかかっていた。

 ひとえに聖里菜の鞄が重たいせいだ。


 血圧を測る機械の椅子に座って、ひとやすみ。

 入院している幼い子供が、よくここで遊んで看護師の七海らを困らせている。あの子供は今日も元気だった。ハローウィンだから、お化けのコスプレ姿で走り回っていた。

 時間帯と静けさのせいで、本当にお化けが出てきてもおかしくはない雰囲気だ。地下室の霊安室の死体が動き出したとしたらと考えて、有の体は震える。


 武者震い――ロマンがある。お化けがいるのならば、UMAだっていてもおかしくはない。

 我ながら、考え方が変わったなぁと、自嘲する。

 入院してまもない頃は、むしろいまとは逆だった。夜の病院の雰囲気がこわくて有は怯えていた。父親からの手紙で生きる気力が湧いたからこそ、恐怖に震えていた時期だ。


 起きていたらお化けにびびってしまう。ならば、はやく寝ればいいだけだが、持病の関係でおいそれと眠りにつくのにも勇気が必要だった。

 ただただ嫌いだった夜の病院。

 変化をもたらしてくれたのは、有より一つ年上の男の子と女の子だった。

 二人の名前は知らない。

 どちらかの母親が入院しているらしく、お見舞いに来るのが多くて顔を覚えていた。看護師の噂話によると、二人はお見舞いのついでに病院内を探索しているそうだった。

 それも、好んで幽霊が出ると誰かが語った場所を選んでいる。

 龍浪先生がようやく捕まえたときに、男の子が語ったのは反省の言葉ではなかった。


『お化けはまったく見つかんなかったから、こわくなかったけど。龍浪先生やばすぎ。遥の前で泣きそうになっちゃったし。結局、一番こわいのは、人間じゃんか』


 いるかどうかわからないものよりも、確実にいるもののほうがおそろしい。子供の好奇心が導き出した結論だ。

 ああ、そうかもしれないと、いまよりも幼い有は感心した。

 男の子がお化けを探した理由は謎だ。一緒にいる女の子との吊り橋効果を狙ったとか。単純に未知を求めただけ。

 あるいは、見舞いに飽きての暇つぶし。

 大人を困らせたかったとかも考えられる。


 答えはわからない。興味を持ったので、たずねてみようとは思っていた。ただ、有がためらっている内にチャンスは失われた。

 あるときを境に、男の子を病院で見かけなくなった。お見舞いに来る必要がなくなったからだと、風の噂できいた。

 母親の病気が治り、病院と疎遠になったのならばいいのだが、それさえもわからない。

 別の理由から、見舞いに来る必要がなくなった可能性もある。


 最悪の場合、怒られても泣かなかった男の子も、女の子の前で泣くことになるだろう。有が父親の棺の前で泣きじゃくったように。

 幽霊がいないと、わざわざ探索してまで確認したのを後悔していなければいいが。

 もっとも、心が折れるような人にも見えなかった。

 むしろ、中谷勇次のようなタイプだと思う。


 有の想像の中で、男の子はこんなことをいう。

『幽霊がいないのはわかった。でも、UMAはどうだ? てなわけで、死んで会えなくなった相手のために、不死鳥を探す旅に出ようと思う』


 勝手な想像に、自分にはできない理想がこめられているのだと有は知っている。実際、再会するようなことがあれば、尊敬もなにもできない人になっているのかもしれないのだから。

 名前も知らない男の子に思いを馳せるのはこれぐらいにして、有は再び歩き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る