2012.10.31疾風【最終章】14
銀河と楓の姿がミラーでも見えなくなった。BGMがなにもない車内で、助手席の未来がため息をついた。
「いまの一件で確信を持ちました。あなたが、この町に残ってくれているからこそ、助けられる人もいる訳ですね」
「なんかおおげさに言ってますね。いまのは、たまたまうまくいっただけですよ」
「たまたまって。こわがった様子はなかったように思いましたけれど? 普通、拳銃を向けられてあんな態度をとれませんよ」
「俺だって人を選びますよ。たとえばそうですね。隼人が水鉄砲もって銃口を向けてきたら、びびりますよ。でも、あんなオッサンが取り出した拳銃じゃあね」
「隼人って、朱美の娘の遥に好意を寄せている男の子ですよね?」
「ええ。俺を遥の親父だと勘違いしてるバカな小学生ですよ。遥への愛情と射撃の腕は他の追随を許さない奴なんですよ」
「昔のあなたも、朱美への愛情と運転の腕は他の追随を許していませんでしたけどね」
「買いかぶりすぎですよ、昔からね。俺なんかより凄いのは、サーキットにごろごろいるんじゃないんすか?」
「気になるのであれば、そろそろ確かめにきたらどうですか?」
「そろそろって、なんですか?」
「私はおそらく、リハビリをしてもサーキットで走れないと思います。だから、私の夢を引き継いではもらえませんか?」
「リーダー命令ですか?」
「そのつもりです」
情熱乃風のメンバーは、リーダー命令を遵守してきた。今日だって、調教されているレベルで従ってきた。
「わかりました――でも、いやです」
「でしょうね。私もあなたの夢を否定したくはありませんからね。納得します」
重たい空気が車内に充満する。MR2を駐車場にとめて、運転席から降りてもまとわりつく空気に変化はなかった。
無言のまま疾風は動く。
助手席のドアを開けて、未来をおんぶする。密着した状態で、病院に向かう。心臓の音がわかる距離にいて、沈黙に耐えるのは難しい。
「ねぇ、リーダー。退院後はキリンのチームに合流したらどうですか。ほら、リーダーはメカニックとしても一流でしょ。それに、キリンは人見知りのせいで、実力の半分もサーキットで出せてないってぼやいてたし、名案なんじゃないかと?」
キリンというのはあだ名だ。
本名は妃リンダというハーフで、学年でいえば疾風の一つ下になる女の子だ。
情熱乃風が全盛期の頃、未来と疾風とキリンで三本柱だった。三すくみ状態で、疾風はキリンに、キリンは未来に、未来は疾風にそれぞれ一度として勝ったことがない関係性だ。
「なんなの、シップー? 私とはろくに連絡をとっていないくせして、キリンちゃんのぼやきには付き合っているわけですか?」
「とげのある言い方ですね。言っときますけど、あいつがいつだったかの優勝インタビューで、師匠が俺だって名前を出したのに文句言っただけですからね」
「事実じゃないですか。どうして、怒るんですか?」
「いや、あいつに何も教えてねぇし。高校時代に通学で送ってやってただけですから」
「本当にあなたは罪な人ですね。昔から、弟分や妹分を勝手に作るのですからね」
「心当たりがあるような、ないような」
中谷勇次や守田裕、浅倉隼人もその兆候はあった。パッと思いついただけで三名だから、他にも大勢いそうだ。情熱乃風のメンバーにいても、おかしくはないわけだし。
「昔からきいておきたかったのですが、シップー自身が憧れてる存在ってのはいるの?」
色々と助けてくれた年上はいた。そのおかげで、いまも生きている。
とはいえ、その人らの中から選ぶというのも違う気がする。
考えたことがなかったくせに、意外にも結論はすぐに出た。
「死ぬ直前の川島疾風に憧れます」
色々と思うところはあったとしても、幸せな人生だと思いながらくたばっているはずだ。
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