2012.10.31疾風【最終章】11

「助けてやるとは大見得を切ってくれたな。できるのならば、やってみせろ。おれの女に手を出した報いとして、地獄を見なかった奴はいままでいないからな」


「上等ォだ」


 かつて疾風は、朱美のためにブチ切れて、銀河に説教したことがある。いまいち銀河の心に響かなかったのにも理由があったのだ。


「片岡さんだっけ? あんた、偉そうにしてるけどバカだな。自分の女に手を出されたから怒るってのはどうなんだ。こいつは、久我銀河だぞ。しょうがねぇって諦めろよ」


 いまならばわかる。

 疾風は、銀河をいじめる側ではなく、助ける側だったのだ。


「銀河は女には節操がねぇ。速さを追求している車みてぇな存在だ。わかんねぇかな? 純粋に速さだけを求めてるとき、いきったガキが邪魔で仕方がねぇんだ。あいつらは、車が危険ってわかってるくせして、こっちが避けるか、黙って後ろをついてくると思い込んでやがるからな」


「お前が運転するMR2でたとえてくれているわけだな?」


 話が早くて助かると、片岡を見つめながら疾風は笑みを浮かべる。


「なんの意味もねぇ爆音だけ響かせるような、くっそ遅い奴を俺はいままで何度も無理やり抜き去ってきた」


「つまり、ワケありの色んな女を、久我銀河は幾人も抱いてきたと?」


「そのあと、そいつらが背後で事故ろうが知ったこっちゃねぇんだよ」


「抱いたあとは過去の女であり、どうでもいいみたいな話か――よし、把握した。だがな、その話にあてはめるならば、事故を起こした人間を大事にしている身内が私だ。身内が事故にあい、怪我をして帰ってきたら、相手を許せないと思うものだろう?」


「てめぇの力量不足で事故ったのを棚にあげんじゃねぇよ」


「どのように、あてはめればいいのかわからないんだが?」


「最初にも言っただろ。銀河に抱かれたのを棚にあげんなってんだ。女が文句いうのも、身内が騒ぐのも筋ちがいだ。俺が愛した女なら、この程度の男に抱かれはしねぇよ」


 発言のあとに、車が妙な振動をする。ミラー越しに、愛車を蹴りやがった楓を諌めることで、二発目は続かなかった。

 この程度と銀河が揶揄されたのが気に入らなかったのだろう。ボロクソ言われても、なにもしてこない程度の男なのに、大事に思っているようだ。


「修羅場をくぐったあとに、いまの言葉を口にできれば本物だ。あ? 川島疾風?」


 色々と壮絶な人生だったと自負しているが、疾風はわざわざ過去を安売りしない。はいはいと言いたげに笑っておく。


「煽るのは勝手だけど、あんたは修羅場をこえてるの? 偉そうに地獄とか言ってるけど、具体的にはどうするつもりなんだ? しょうもねぇのを地獄とか抜かしてるんなら、家帰ってオナニーでもしとけよな」


 片岡は疾風の煽りで表情を変えない。人のことを見定めてる野郎だが、及第点ぐらいはやってもよさそうだ。


「これから先、銀河が抱いていく女を把握していく。気まぐれで、あとから寝とっていくと決めた」


 淡々とした口調で、夢を語っている。金や命ではなく、精神的にくるものを奪う算段のようだ。


「案外、優しいんだな、オッサン」

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