2012.10.31疾風【最終章】10

 ふと、秘書が動物を追い払うようなジェスチャーをした。

 その意味をくみ取ったのか、楓が手を引いて銀河と共に後ずさる。疾風にはよくわからんのだが、敵側にも味方がいたようだ。

 そのとき、辺りに電話の着信音が鳴り響いた。

 秘書がポケットから携帯電話を取り出す姿に、ナンパ男の視線が向けられる。いまのうちに走っていけば、銀河らは建物の影に隠れられる。最高のチャンスをものにしろ。

 急げ。


「片岡さま。山に例のものが転がっていると、報告が入りました」


「そりゃそうだろう。この段階で、MR2がここにいる時点で、当然だ」


「ならば、巖田屋会の沖田が動く前に回収すべきではありませんか?」


「管理社内の仕事ではあるが、管轄外だろ。それは、あいつの仕事だ」


「貸しにしてもいいという内容の電話でした。フェイクファー内で動ける者で、どうやら我々が一番近くにいるようです」


「女との予定が、この後もあるはずだが。キャンセルになったら恨むぞ。全部、お前が原因だ。一年後の特異点。なぁ? 川島疾風よ?」


 初対面のはずなのに、名前を知られている。

 驚きはしたものの、こんな経験が初めてというわけでもなかった。それよりも、男が疾風に興味を持っていてくれているのは、都合がいい。いまのうちに、若い連中には――。


「ちょっと、なに逃げてるの。待ちなさい!」


 叫んだ相手をにらむために、疾風は助手席を向く。


「なんで、リーダーが止めるんですか? アホですか。昔よりも磨きがかかってますよ」


「うるさいわね。これが正しいからしてるのよ」


「こんないやがらせが?」


「バカね、シップー。私たちがいないときを狙って、またこういう奴は来るわ。それならば、結論を先延ばしにせず、シップーがいるうちに、どうにかしておいたほうが得策よ」


 走り屋時代に峠でのレースをしていた頃、遠征先で相手チームをたたきつぶす時のことを思い出した。あてにされている。悪くはない。男として燃えてくる。


「相変わらず、オッサンは一筋縄じゃいかねぇ女を助手席に乗せてんだな」


 逃げずに戻って来た中学生のヤリチンに、疾風は舌打ちをする。


「誰がオッサンだ。黙ってろ、銀河」


「そっちこそ、勝手に間に入ってんじゃねぇよ。てめぇの力だけは絶対に借りたくねぇんだよ」


「力になるならないの前に、銀河がなにやったのかすら、実は知らねぇんだぞ。お前の味方になるのが間違ってたら、罰としてチン毛を剃れよ。いいな?」


「やだよ、バカが。てかよ。無関係で知りもしないんだったら、本当にもう帰れよ。全部、おれが招いたことだ。覚悟はしてるのに、希望をちらつかせんなよ。おれは諦めたいんだ。そちらにおられます片岡さんの――」


「もういい。理由がどうで、間違ってても助けてやる。腑抜けた表情のガキは黙ってろ」


 銀河の表情はひどいものだった。片岡の名前を口にした瞬間は、とくにだめだ。見るに堪えない。

 朱美の下着を盗もうとしたところを捕まえたときも、ムカつく態度だったくせに。

 いまの片岡に通じるふてぶてしさは、どこに捨ててきた。

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