2012.10.31疾風【最終章】09

 未来の根底にあるのは、許せないという感情。

 理不尽なことで夢を諦めるのは、他人だとしても認めたくないのだろう。

 そして今回、首を突っ込んで助ける相手は、疾風にとって他人というほど遠くもない。


「銀河じゃねぇか、あれ」


 学校の自転車置き場で揉める不良たちのように、日の当たらない場所に群がっているのは四名だ。その中の一人が、朱美の甥っ子だった。銀河の隣にいるのは、未来と同じ病室の楓。

 対峙している二人はスーツ姿の男女で、初めて見る顔だ。


「ところで、どっち側の夢をきいたのですか?」


「若者の夢よ」


「了解、突っ込みますよ」


「うん。入れるスペースはあるわね。けど、あそこに入れるのは、プロでも難しいわよ」


「大丈夫です。入れるのは得意ですから」


「下ネタかしら?」


「ちょっと、集中力が切れるでしょ。リーダー!」


 怒鳴りながらも、駐車スペースから目を逸らさない。スピードを落としながら、車を横に滑らせる。ドリフトで四人の間に割って入っていく。

 頭の中でのイメージをなぞるように、MR2が動く。

 バックミラーの若い連中は驚いているが、目の前の男女は冷静だった。


「――」


 スーツ姿の男が喋る。窓をしめていたので、疾風にはなにを言ったかわからなかった。


「シップー、彼と知り合いなの?」


「え? なんで?」


「いま、川島疾風と言った気がしたので」


 知らない人だとは思うが、疾風はもしものために粗相がないよう対処する。窓を開けてニコニコしながら、軽く手をあげる。


「どうも。久しぶりです」


「初対面のはずだが」


 不思議そうな大人二名の顔に耐えられなくなって、疾風は泣きたくなった。涙をこらえ、ひきつった表情のまま、助手席に体ごと向く。


「リーダーが言ったから信じたのに、どーいうことですか?」


「おかしいわね。まぁ、切り替えが大事よ。レースでもなんでもね」


 謝罪することなく、未来は顎を突き出して疾風の視線を誘導する。見ると、男が近づいてきていた。


「こちらに危険運転で近づいてきたのは許してやる。だから、邪魔をしないでもらえるか?」


「お言葉ですが、十分に安全マージンをとって、シップーは運転していましたよ」


「そういう問題じゃないのだがな、面白い女だ。おい、スケジュールの確認をしろ」


 秘書らしき女が手帳を開き、うなずいた。


「明日の晩はあいていますね」


「ということだ。そちらの予定はどうだ?」


「あなたのために時間を割く暇があるのならば、他にやることがたくさんあります」


「どうせ、くだらないことだろ?」


「私の人生で、もっともくだらないのは、いまこの瞬間かもしれませんがね」


 ナンパするのなら、疾風を間に挟まないでほしい。

 そう言って、会話を中断させてもよかったのだが、ぐっと我慢する。バッグミラー越しに、銀河と楓が仲良く手をつないでいるのが見えたのだ。

 どちらかが動けば、連動して逃げられる。

 空気を読め。

 もしかしたら、未来が時間を稼いでいるのかもしれないのに、無駄になるだろうが。

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