2012.10.31疾風【最終章】06

「なぁ? シップ―も挟まれるん好きなん?」


「え! いや、俺はパイズリされたことないからな。にしても、でけぇな」


「いまんところ、撮影でも断ってきとるけど、シップ―となら練習してもええで」


 からかっているのか、聖里菜はボタンを外していく。

 ハローウィン仕様のブラジャーが見えた。カボチャ色でお化けがプリントされているが、ギャルが着るのを想定しているのか、セクシーさも併せもっている。

 ブラジャーがいらない頃の聖里菜を知っているからこそ、刺激が強すぎる。


「待て待て。経験してみたいけど。さすがにダメだ。俺、いま彼女がいるから」


 疾風が断っても、聖里菜は納得しない。ブラジャーのフロントホックを外す。乳首から目を逸らす。見ていたら、我慢できなくなるかもしれない。


「なんだこれ、撮影か? 元カレとの情事を盗撮するタイプのAVか? てか、マジでAV女優になってんの?」


「質問ばっかりしてきてからに。うちの疑問にも答えてもらえる?」


「おう、いいぞ」


 気を紛らわせるためにも、脊髄反射で返事した。


「久我朱美とより戻したん?」


「なんで? 朱美の名前が出てくんだよ」


「MR2に乗ったとき、女の匂いがしたねん」


「車内には弁当の匂いしか漂ってないと思うんだけど? なにいってんの?」


「シップ―の部屋にあった、あの女の私物と同じ匂いがしたように感じたんやけどな?」


 実際に、さっきまで朱美は助手席に乗っていた。とはいえ、さすがにかまをかけられているに決まっている。


「とにかく、朱美は関係ねぇよ。正義が服着て歩いてるような女と付き合ってる」


「ああ、そうなんや」


 聖里菜は残念そうに、服を着直していく。


「なんだよ、その態度。朱美と付き合ってたら喜んでくれたのか?」


「んな訳ないやろ。せやけど、より戻しとるんやったら、うちにもチャンスはあるんかなって思っただけや」


 自分に脈がないとわかれば、聖里菜の撤退は迅速だ。

 服を着る速さには、疾風の中では定評がある。ラブホテルの休憩料金から宿泊料金に切り替わる五分前まで挿入していたときも、すぐに着替えてくれていた。

 再会した時よりも多くの服のボタンをとめて、聖里菜はぺこりと頭を下げる。


「どういう経緯か知らんけど、有を送ってくれてありがとな。そういう奴の子供を産んで良かったと、あの瞬間にホンマ思ったで」


 車から出ていくとき、聖里菜は足元に置いてあった弁当をシートに戻してくれた。

 弁当がタイマー式の爆弾みたいな役割を果たす。思考停止状態の疾風だったが、弁当の匂いに食欲が刺激されて、我に返る。


「え? ちょっと待て。どこ行ったんだ、里菜ちゃん?」


 そこまで遠くには行っていなかった。

 運転席の窓を開ける。繊細なペダル操作をして、聖里菜の歩くペースに合わせて、MR2を走らせる。

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