2012.10.31疾風【最終章】03

「覚えとってくれたんや。うちが、あんたを許さへんって言うたこと」


「忘れられるかよ。俺のせいで、里菜ちゃんはオヤジさんの死に目に会えなかったんだからよ」


「せやで。『次に会うことがあったらぶっ殺す』ってのを病院の駐車場でしたんが、うちとあんたの最後の会話やったよな」


 聖里菜と出会ったのは、Vシネマの撮影現場だった。家族の再生をテーマにしたカーアクションが売りのシリーズ作品『青春狂走曲』だ。

 聖里菜は主人公の娘役、疾風は主人公のカースタント役だった。


 出会ったときの聖里菜は、いつもニコニコしている清純な女子で、将来ギャルになる要素は皆無だった。誰に対しても人あたりが良く、敵を作らないタイプなのに、疾風とだけは仲が悪かった。

 二人は顔を合わせば喧嘩ばかりだった。

 そのため『監督や脚本家が、途中でエピソードを変えざる終えなかったシーンもある』という冗談が、現場で流行ったぐらいだ。


 聖里菜が十三歳のときに、事件が起こった。

 事務所ごり押しの若手アイドルがVシネマに起用された。演技もろくにできないその男に、聖里菜は狙われた。あとで聞いた話では、仲のいいスタッフに助けを求めたが、誰も聖里菜の力になってくれなかったそうだ。


 ある日、疾風は聖里菜の演技に引っ掛かりを覚えた。監督は気のせいの一点張りだったが、疾風は自分の勘を信じて行動する。聖里菜を煽るように話しかけると、酒を飲まされて、唇を奪われたせいだと少女は答えた。

 次の日、疾風は撮影の途中にも関わらず解雇になる。


 聖里菜が泣きながらアイドルのチンコをしゃぶっている現場に乱入し、救ったのが原因だった。

 真相は闇に葬られてしまっている。だが、作品を愛してくれたファンの意見を見るたびに、気持ちが軽くなる。

『いきなり、カースタントがしょぼくなった。そのせいで、脚本もしょうもない』

『子役の演技が棒になった。特定の相手とのシーンが全部、くそ』


 その後、三年先まで予定されていたシリーズは、一年で終了する。見ていないのだが、打ち切り漫画のように終わったそうだ。

 シリーズ終了を告げに、十四歳となった聖里菜がわざわざ疾風の前に現れた。ちょうどその頃、疾風は朱美との関係が終わり、人を愛する真っすぐさを信じられなくなっていた。

 疾風の気持ちが沈んでいるのを知らぬまま、聖里菜は思いのたけをぶつけてくる。


『実はずっと気になっててん。初恋の相手。いまでも大好き。うちの王子様は白馬やのうて、スポーツカーに乗ってる。うちが好みとちゃうんやったら、そうなれるように努力やるから、教えて。ほんで気に入ったらでええから、うちを女として見てほしいねん』


 年の差を考えて断るのが正常な判断だ。それこそ、暴走気味に恋する乙女を正しく導くのも大人としての役目だろう。

 間違っても、貞操を守った相手の処女を平気で奪うべきではない。朱美を忘れるために、十四歳の少女の体をラブホデートでむさぼるのは異常だ。

 やがて、疾風は聖里菜と朱美の髪の色が同じのさえ許せなくなってきた。

「実は黒髪が嫌いでギャルが好き」

 と嘘をついた。

 本当に、川島疾風は最低な奴だ。

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