2012.10.31疾風【最終章】02

「でも、ぼくが病院から抜け出したことで、迷惑がかかってるかもしれない。ぼくがいまでも生きていられるのは、面倒をみてくれる周りの人達のおかげなのに。その信頼を裏切ったんじゃないかな」


 子供なのに、大人ぶるのは空野家の血筋なのだろう。監督や共演者に気を使っている子役と、本当に有はよく似ている。


「怒られそうになったら、俺が一緒に頭を下げてやる。だから、心配するなって」


 有の頭を撫でてやりながらも、前方の確認は怠らない。バス停の椅子から一人のギャルが立ち上がり、正面玄関前の回転場に飛び出してきた。


「あ、お姉ちゃんだ。あんなところに飛び出してきて」


「美人で自慢できるな。しかも、怒ってないな、あの顔だと」


「よくわかりますね」


 聖里菜の怒った顔をよく知っているから、とは言わなかった。

 ミラーで後続車がいないのを確認してから、ハザードランプを点灯させる。緩やかに速度を落とし、そのままMR2を停車させる。


「再会は、自分の足のほうがいいだろ。ほれ、降りろ」


「はい。ありがとうございました!」


 バケットシートのベルトを取り外す前から、有の鼻息は荒くなっている。姉に怒られるかもしれないという考えは、再会の喜びに塗り潰されているようだ。

 ベルトから解放された有は、助手席から飛び出す。近づいていた聖里菜に、すぐ抱きしめられた。


 運び屋として、小遣いを稼いでいた時期が疾風にはある。

 こういうものならば、無償でいくらでも運んだっていい。

 姉弟が抱き合って再会を喜ぶ。横槍を入れる必要はないだろう。邪魔者は退散だ。

 空野姉弟の横を通らずに、退場しようとする。周りに車はいない。バッグで切り返す。


「あ!? なんだ、あの電話は?」


 携帯電話が邪魔な位置に落ちていて、車の動きを止めてしまう。

 落ちている電話を聖里菜が拾い上げる。疾風と目を合わせると微笑んだ。口紅の落ちた唇が動く。

「待ってください。お礼を言いいたいので、助手席に乗ってもいいですよね?」

 聞こえる距離ではないのに、脳内でその声までもが再生される。


 すぐに聖里菜は馴れた手つきでMR2に乗り込んでくる。ウインドウを開けて、有に向かって叫ぶ。


「有は、病室に戻ってなさい。体の調子が悪ければすぐ先生に言うのよ」


 聖里菜から逃げたい。だが、助手席に乗られていては、いかに車を速く走らせる特技を持っていようとも、離れられない。

 ミラー越しで深々と頭を下げる有が見えなくなると「ものごっつ嬉しいわ――」聖里菜が本性をあらわした。


「有を助けてくれたのがアンタってのは、うちにとっては二倍の価値があるからな」


「だろうな。恨まれてるよな」


 疾風と聖里菜は、その昔、深い関係だった。

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