2012.10.31銀河【最終章】08
――上等ォだ。カボチャのランタンなら、明かりを灯せばいいだけだろが。
病室の開きっぱなしの窓から、そんな声が響いた。
気のせいか?
窓の外に見えるのは山だ。山が喋るはずもない。
そもそも、耳を澄ませば、声が錯覚だとわかってしまう。
車の排気音が、遠くから近づいてくる。銀河の住む稲妻禽観神社に、朱美を迎えにきていたMR2の咆吼だ。
疾風は他の男に抱かれた朱美を愛していた。
初恋に狂った人間ならば、当然のように選ぶ道を最速で駆け抜けた。それこそが、人と同じような幸せを諦めて得た生き方なのだろう。
愛車の排気音を遠くまで運ぶ風の中には、疾風の覚悟が混じっている。形をなしていなくとも、岩田屋町に拡散されていく。
「嘘だろ。こんな情報は入ってないぞ」
風見が狼狽えながら、窓枠を掴んでいる。勝ち誇った表情ばかりが印象に残っていたために、崩れた表情は泥臭くみえる。
「面白い。もしかしたら、片岡の支配から外れるのも夢じゃないかもしれないぞ」
興奮して独り言をまくしたてながら、風見は銀河のほうに振り向いた。
「お前に教えておくことがある。本来ならタダで教える訳がない特別なネタだ。妙な注射を打たれたはずだろ。あれの中身を教えてやる。そいつを片岡に話してみろ。きっと、楓ちゃんと話せる時間は稼げるはずだ」
七海に打たれた注射の中身を風見が説明してくれる。話半分で聞きながら、銀河は楓と顔を会わしたとき、なにを話すべきか考えるつもりだった。
まずは楓に訊ねよう。
本当に銀河のことが――
「え。ちょっと待って。もう一回、話してもらえます?」
「なに? もしかして、余計なこと考えてた」
「いや、聞き間違いかと思って」
風見は少し苛立ちながら、同部屋の有のパソコンを勝手にいじりだした。
「やるな、有くん。結構、調べてるじゃないか。ちょうどイメージに近い写真もある。見てみろ」
風見が操作したノートパソコンの画面には、巨大イカの死骸がうつしだされている。
「こいつは、カナダのニューファンドランド島の海岸に漂着した巨大イカの死骸だ。体長は二七メートルに達するんだったかな。言っておくが、お前の血管内を泳いでいる『クラーケン』が成長したら、こんなサイズでは収まらないからな。理論上は、無限に成長して小島ぐらいに見えるらしいからな」
銀河は風見が手を離したマウスを握りしめる。有が調べた『クラーケン』の項目を読んでいく。
『クラーケン』は北欧神話に登場する海の怪物だ。語源は古代ノルウェー語で北極を意味する『クラーク』であり、海上に現れる巨大生物の総称でもある。排泄物から特殊な香気を発し、魚をおびき寄せて捕食する。
特殊な匂いで寄ってくるのが女性ならば、ナンパに使えそうだ。
あ、でも。
楓に一筋で生きていくならば、それは邪魔になるのか。
理解が追いつくはずもない。銀河は自分でもなにを考えているのか、よくわからなくなっていた。
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