2012.10.31銀河【最終章】06

「ものを知らないガキすぎる。まぁ、だからこそ、片岡の女に手を出したんだろうけど。とにかく、間違われたくない相手だ。ボクは風見。べつに覚えなくてもいいけどね」


 穴兄弟と書いて片岡とルピを振るのは早計だった。風見とも読めるらしい。むしろ、穴兄弟の読み方は、他にもたくさんあるはずだ。

 銀河を恨んでいる男は、片岡に限らない。彼氏や夫がいる相手だとしても、女に隙があれば股を広げさせてきたのだから。

 頭の中で、女性と肌を重ねた経験がよみがえる。


 旦那がローンを返済している新築で抱くのも、職場の休憩中に抱くのも、彼氏が寝ている横で抱くのも。

 気持ちよすぎて、楽しかった。

 自分の武勇伝なのに、抱いてきた女性の細部が思い出せなかった。写真を撮影して、データで残しておくべきだったかもしれない。


「ところで、あんたが抱いた女ってのは、誰なんだ? 特徴さえくれたら思い出すかもしれない」


「変に気を遣うなって。謝られてもしょうがないし」


「わかってる。謝って許されるものではないってことは。いまになって悪いことをしたって反省してるんだ」


「どうしたよ。チンコに抗わず生きてきた男らしくない発言だな」


「それもそうだな。人間なのに、チンコにすら抗えないってのは情けないよな」


「かわいそうに。それだと死ぬときに後悔するのは確実だ」


 その通りだ。支配されているだけなら、思考停止状態と変わりなかった。嫌われるために抱いた女の話が、いまになって理解できる。

『曰く、死を発明したのは、知恵があるせいだ』

 なるほど。死ぬのはこわい。


「そんな怯えた顔をするなって。気分転換に、ボクの身の上話でもきいてよ」


「興味ないなー」


「そもそもさ、ボクは大事な人を抱かれていたとしても、君を怒れる立場になくてね」


 勝手に話し始めた内容に、思いのほか銀河はくいついてしまう。


「なに言ってんだよ。逆の立場だったら、おれはぶちキレてるぞ」


「本当に? そりゃ、困ったな。ぶちキレられるかもしれんのか」


「あ?」


 まるで手のひらで転がされるように、銀河は風見を真正面からにらむ。銀河が見つめるとき、風見も銀河を見つめている。

 互いの大事な穴をのぞき合い、傷つけあう準備はできた。


「ボクは楓ちゃんを大人にしたんだ」


「意味がちょっとわかんないんだけど」


「は? お前の大好きなことだよ。セックスしたんだよ」


 落とし穴のように、ぽかんと口を開けた銀河を風見は観察している。銀河がなにを言いたいか、風見は理解したように口角をあげる。

 勝ち誇った笑みは凶悪だ。

 見ているだけで、心臓が掴まれたように痛くなる。

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