2012.10.31銀河【最終章】05
「こら、こら。廊下は歩いてくださいっすね」
「おしおきがありますか?」
無視しても良かったが、顔見知りだったために、いつもみたいな軽口が銀河から出た。看護師の七海が、挨拶がわりにカルテで銀河の頭を軽く叩く。
「一発叩いたあとだけど、おしおきじゃなくてお詫びをすべきっすよね」
「お詫び?」
「ほら、さっき変な注射さしちゃったじゃないっすか。悪いことしたにゃあと思って」
いままでの銀河ならば、相手の弱みにつけこんでセックスにこぎつける道筋を組み立てていただろう。
いまの銀河はちがう。チンコに従わず、頭で考えて意思決定ができる。
「むしろ、感謝してるくらいですから、お気になさらずに。色々と考えるキッカケになって、いま、すごく身軽になってるから」
「どしたの、銀河くん? らしくないっすよ」
「ちょっと生まれ変わろうと思いまして。ほら、ハローウィンでしょ。おれは真人間に仮装しようと思ってるんですよ」
「無理でしょ。みんながみんな、真人間にはなれないのよ。ごっこ遊びでも無理」
コスプレ中の無垢な子供たちに手を振りながら、七海はアンバランスな発言を口にした。
「頭ごなしに否定しないでくださいよ。白衣の天使なんだから、励ましてくださいよ」
「時には事実を言うのが看護師の仕事でもあるの。だから、心してきいてね」
七海がカルテを持っているせいで、いまから余命を告げられる気分だ。
「人と同じような幸せを得られるって、信じないほうがいいわ」
なにも反論できない。軽口で切り抜けることも無理そうだ。
無視して、223号室に急いだ。
まとわりつく不安は、楓と会えば払拭されるはずだ。
焦っていたせいで、勢いをおさえることなく病室に駆け込む。
楓の入院している部屋には、四つのベッドがある。楓のベッドの上にだけ人はいたが、肝心の楓は不在だった。
「なにしてるんですか。そこのベッドってあなたのじゃ――」
最後まで言葉を続けることなく、銀河は飲み込んだ。
焦って駆け込んだので、病室を間違えて飛び込んできた可能性もある。
むしろ、そうであって欲しい。
「うんうん、知ってるよ。楓ちゃんのベッドだろ」
残念ながら、楓のメス汁が染み込んだシーツの上に知らない男が座っているのは、紛れもない現実のようだ。部屋を勘違いして怒られるほうが、だいぶましだったのに、くそが。
「楓ちゃんって、馴れ馴れしい呼び方だな。誰なんだよ、あんたは?」
「そう熱くなるなよ。ぼくたちは穴兄弟なんだからさ」
同じ女性を抱いた男と男を穴兄弟という。銀河は穴兄弟に現在進行形で恨まれている。
「そういうことか。あんたが、片岡か?」
露骨にいやそうな顔を穴兄弟がしたので、失言だったと察した。
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