2012.10.31風見【最終章】01

 風見にとって中学二年冬休み初日は、衝撃が強すぎた。

 忘れようとしても忘れられなくて、あの日から食えないものができたほどだ。

 十四歳にして、鍋料理と人生が嫌いになりました。


 むちゃくちゃ気持ちいいぞと、誰かが言っていたから、学校の校長室に忍び込んで味噌煮込みうどんを食おうと決めた少年時代。

 不法侵入した校長室は暖かった。

 石油をどばどば使った丸ストーブの上には、すでに鍋が置かれていた。待ち合わせをしていないのに、校長室でヒナと二人きりになった。最後の時間を過ごしながら、ヒナは鍋料理の味見をして笑った。


『食べてみる? 闇の味がするよ』


 事実、あの日の鍋では、この世界の闇が煮込まれていた。

 衣替えの時期に、ヒナと出会った。

 彼女と仲良くなるうちに、冬休みがはじまる前から、冬はおとずれているのを知った。

 様々なことを経験し、ヒナの境遇を知り、彼女が追い詰められているのを理解した。

 冬休み最初の日、風見に決断のときがきたのだと、当時のガキの頭でも把握できた。

 校長室にヒナを残して、一人でトイレに駆け込んだ。


 彼女を救うために、力になるためにトイレにこもったはずだった。なのに弱い風見では、なにもできなかった。

 結果として、逃げ込んだだけとなってしまった。

 時が流れ、カレンを助けることとなる。まるで、中学時代の間違いを正すチャンスのようにも思えた。

 奇しくもカレンを助ける際に、風見はトイレにこもったのだ。あの時の判断も、間違っていたのかもしれない。

 入院生活最後の日に、またしてもトイレで選択が迫られているのだから。


「まさか便所の中にまで入ってこられるとは、思ってなかったんだけど」


 片岡との電話のあとに、風見は病院の多目的トイレに逃げ込んだ。風見の腰抜けっぷりを知っているからこそ、ヒナはトイレの中にまでついてきている。


「あの時も、こうしてたら良かったのかな? ふふふ、なーんてね」


 ヒナは出入り口付近でトイレの扉を眺めている。

 もよおしていない風見だが、律儀にズボンもパンツも下ろして洋式便座に座っている。

 槻本病院の多目的トイレは、用途が多岐にわたる。車椅子の方の使用だけを目的としていない。

 看護師と患者がセックスをする場所でもあるのだ。


 風見が入院先として槻本病院を選んだのは、カレンが住んでいる町だからというのが、表向きの理由だ。

 実は、槻本病院の暗部の情報を集めるのが、風見の目的だった。龍浪女医が持っている浜岡博士が調合した薬の効能や、シャイニー組などの末端が死んだ際の死体処理、他にも色々と換金可能なネタは入手した。

 その流れで、多目的トイレでセックスしてみつからない時間帯なんかは、当然のように把握した。


「にしても、ヒナも変わったな。冗談が言えるようになってるとはね」


「そうならざるおえなかったの」


「あのときボクが逃げ出したせいで、そうなったってことか?」


「責任を感じないでよ。むしろさ。こうやって生き続けて成長したことには、微かに誇りもあるんだよ。これでも」


「強くなったな。ボクはどうだ? 変わったように見える?」

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