2012.10.31 有④ 05

「ん? なんで、そんなところで立ち止まってんだ。こっちこいよ、有。ほら、兄貴。あれが監督だ」


 勇次が有を指差すと、兄貴さんが腕を組んだまま振り返る。


「マジか」


「なんだよ、兄貴のその反応? 顔がえげつねぇぞ。人殺しの目つきだ」


「お前にだきゃ言われたくねぇよ」


 勇次の頭にチョップを見舞ってから、兄貴さんは有に近づいてくる。チンピラと名高い男に慕われているのに、横柄な態度をとらない。

 その逆で、膝をつき有と目線を合わせてくれる。


「えっと、君。俺のこと知ってる?」


「いえ。はじめましてですけど。空野有です」


「ああ、ご丁寧にありがとう。俺は川島疾風。聞いたことない?」


 疾風とは、特徴的な名前だ。一度きいたら覚えてしまうだろう。


「はい、ありませんね」


「ああ、そう。良かったのか、悪かったのか」


 立ち上がりながら、肩透かしをくらったように、疾風は疲れた笑みを浮かべる。


「なんかよくわかんねーけど、監督のこと頼むな、兄貴」


「任せろ。きっちり病院に送ってやるよ。お前は、安心してあずきちゃんとちちくりあってろ」


「あ? なんで、そうなるんだよ」


「じゃあ、俺がちちくりあうぞ。今日は、マジでこの性欲を処理しないとどうにかなりそうだからな。知らんぞ!」


「最速で走ったら、興奮も覚めるんじゃねぇの? 少なくとも、オレは生きたまま別の世界を見たからよ」


「あの、もしかして勇次くん。遺書つくったのって?」


 バスに揺れながら、勇次が遺書を作成した話をしてくれたのを思い出した。


「そうだ。兄貴の運転に付き合う直前にしたためた。まぁ、あんときは車の屋根に立てって命令されたからな。でも、助手席に乗ってた守田も死人と会話したとか言ってたかな」


 勇次とのやりとりを優しい顔で眺めながらも、疾風は運転席に乗り込んでいく。


「兄貴、最速を頼んでんだから、ちゃんとサングラスをつけてくれよ」


「これは、まぁあれだ。峠に入ってからつける」


「いまからしてもいいだろ」


「大人には、色々あるんだよ」


 疾風が額につけたままのサングラスを目につけようとしないだけで、勇次はムキになっている。あずきで冗談を言われたところでこそ、食ってかかるべきではないのか。

 よくわからない。

 高校生にも色々あるということなのかもしれない。


 MR2の助手席ドアを疾風が開けてくれる。勇次にぺこりと頭を下げてから、有は車内に乗り込んだ。

 ちょっとの間、ドアが全開だったにも関わらず、車内には弁当の食欲をそそる匂いが充満している。


「狭い車内でごめんな。弁当を膝の上に持っといてもらえる?」


「はい、大丈夫です」


 有が返事をすると、疾風が暖かい弁当の入った袋をさしだしてきた。

 ドアをしめようとしたら、勇次が手をいれて阻む。


「監督、これ店からもらってきた。最悪、ここにゲロを吐けよ」


 そういって、弁当を入れるための店名が印刷された袋を渡される。


「ビビらすんじゃねぇよ。変な入れ知恵あったら楽しめねぇだろ」


「楽しむって、無理だろ」


「いや、人によっては言ってくれるぞ。むちゃくちゃ気持ちいいってな」

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