2012.10.31 有④ 04

「にしても、どうしたの監督くん。お金がどうのこうのって、子供っぽくない発言は多いと思ってたけど、なんかとんがりすぎだよ」


 照れ隠しで、あずきは話をそらしている。あずきのために話を広げるというよりも、本当に思うところがあって、有は口を開く。


「いえ、治療費も馬鹿にならないって考えると、やっぱりお金が大事だと思いまして」


「そんなこと考えてるのか。だったら、さっさと元気になれよ。治療費がいやなら、治せばいいだけなんだから」


 中谷勇次は、どこまでもシンプルな男だ。

 UMAの存在を疑っていない。だから捕まえられると信じている。同じようにまっすぐな気持ちで、有の病気も治ると信じて疑っていない。

 勇次は、いつも有に強さを分け与えてくれる。


 彼に恩返しがしたい。

 自分の親友が最後の最後で笑顔でいられるためには、いまなにができるだろう。

 答えは目の前に広がっている。

 勇次とあずきを二人きりにさせるだけで、恩返しになりそうだ。


「じゃあ、そろそろ僕は病院にもどるね」


「はやいほうがいいから助かるぜ。兄貴を信じてはいるが、どうなるかわかんねぇからな」


「なんの話なの?」


「察しろよ、あずき。男と女が二人きりになって、飯食ったあとにやることがなにかっていう話だ。アダルトな話な」


 アダルトと言われると、アダルトビデオのことを考えてしまう。いやいや、ご飯食べたあとに、そんなのに繋がるとは限らない。もっとも、その人がどんな人かにもよるのか。


「じゃあ、オレは先に行って邪魔してくるからよ」


 結局、一度も席に座らずに、勇次はまた駆け出した。


「ところであずきさん。勇次くんにお兄さんっていたんですね」


「お姉さんの彼氏さんだよ。まぁ、本当のお兄ちゃんみたいに、勇次や守田は慕ってるみたいだけど」


「それって、あの二人に影響を与えてるってことですか。すごいな。ぼくが影響受けてる二人なのに」


 あずきは握っていた割り箸を落としたが、拾わずにかたく手を握り締めた。


「だめよ。勇次や守田に影響受けてるなんて。反面教師にしないと。悪影響ばっかでしょ」


「そんなことないですよ。二人には、勇気をもらってます」


「あいつらの生き方で、ぶん殴られたみたいな衝撃を受けることがあったとしても、それを勇気って判断するのはどうかと思うよ」


「だとしても、ぼくの自慢の親友ですからね」


「男の友情は、勇次と守田だけじゃなく、ここにもあったのね。かっこいい顔になっているよ」


 茶化されてしまう。こういうとき、どうすればいいのかわからない。


「じゃあ、また今度。今日はありがとうございました。それじゃ」


 てきぱきと立ち上がり、頭を下げる。そのまま下を向いたまま逃げ出す。

 途中、お客さんとぶつかりかけたので顔を上げた。


「気をつけてね」


 美人が頭を撫でてくれる。優しく微笑んでいる女性の口紅が落ちていた。なんだろう。油っぽいものでも食べて、ご機嫌になったのかな。


「ごめんなさい、それじゃあ」


 謝って店の外に出る。駐車場で、勇次は、眉の上にサングラスをつけている男の人と話している。邪魔をしてはいけないと思って、有は立ち止まる。


「お前、本当にあずきちゃんは大事にしろよ。高校時代の仲のいい異性は、失ったら取り返しがつかねぇからな」


「へいへい、わかったっての」


「アホか。わかってからじゃ、もう遅いってんだ。初恋なめんなよ」


「なに言ってんだよ。いつにもまして、わけわかんねぇ。でも、なんかごめん」


 なんとも異様な光景だ。あの勇次がおとなしく話をきいている。しかも、謝っている。

 本当に、勇次に影響を与えた人物がいたのだ。

 有に影響を与えたのが勇次ならば、師匠の師匠と呼べる。

 この流れを有も断ち切ることなく、有も誰かの人生に変化を与えられるようになりたいものだ。

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