2012.10.31 有④ 03

「自由の身は終わったんだね?」


「そういうことだ。帰りの車は用意してる。駐車場でアホみたいに目立つ車がそれだ」


 窓の外を見ると、赤いスポーツカーが見える。いつだったか、あの車の名前を姉の聖里菜が教えてくれた。


「MR2だったっけ?」


「よく知ってるな。兄貴がいてくれたおかげで、タクシーやバス代が浮かせられるな。その浮いた金がありゃ、ここの支払いもできるだろうし」


「ちょいまち、喧嘩師。ここにあるのは、全部サービス品よ。お金をもらうつもりはないから安心して」


 カレンに言われても、勇次はひと安心した顔にはならない。いぶかしげに、テーブルを眺める。


「でも、オレが頼んだ限定品の空飛ぶ魚定食がないんだけど。もしかして、全部くわれた?」


「誰も食べてない。作ってないだけ。だって、これだけタダで用意したのに、まだ食べるの?」


「ええ。金払っても食います。あずきのおごりだし」


 勇次のための取り皿に野菜を追加する手をとめて、あずきが反応する。


「なんでよ。あんたのおごりでしょ」


「お前が、この店に入ろうって提案してきたんだろうがよ。限定品が食いたいって」


「どっちが払うかはどうでもいいけど、本当に食べるの? だったら、作ってくるけど」


「食べます、食べます。今日は喧嘩したから、晩飯抜きになると思うんで、食いだめしときたいし」


「わかった。そんかし、一人前しか材料残ってないからね。仲良くわけてね」


「なんでもいいから、頼みます」


 席を立ったカレンは、勇次に気づかないように親指をたてていた。恥ずかしそうにあずきは顔を隠す。その姿を勇次は頭を抱えていると勘違いしたようだ。


「なんだ、金がねぇのか? だったら、あずきにも貸してやるよ」


「そういう問題じゃない。だいたいあたしにはケチケチし過ぎでしょ。有くんのバス代とかは出してあげるつもりだったんでしょ?」


「勘違いしてねぇか? 監督にだって貸すだけのつもりだっての」


「嘘でしょ。相手は子供なのよ。男の器を見せておごってあげるべきでしょ。信じられない」


「そんなに驚くことですかね。勇次くんの言うとおりで、お金って大事ですよ」


 それこそ、姉が体を売るほどにね

 ――心の中から聞こえた言葉は、自分の声とは思えないほど冷たい。


「そういや、兄貴の友達で、借金しまくってる人がいたんだけど。返済が無理だろうってことで、結婚して借金をなかったことにした強者がいたな」


「借金で人生を左右されてるじゃない。そんなんで、うまくいってるの」


「なんか、最近子供ができたって話してた。意外とラブラブらしい」


「へー。でも、あたしが勇次に貸してるお金は、きっちり返してよね」


「借りてたか?」


「貸してるでしょ」


「ああん? 納得いかねぇな」


 金を借りた記憶が、本当に勇次にはないようだ。首をひねって思い出すのに必死で、あずきの反応には気づいていない。

 借金返済せずに、結婚することになったらどうしようみたいな雰囲気になってますよ、これ。

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