2012.10.31 銀河④ 01

「では、勝負の前に最後の確認をしますよ」


 銀河があらたまって口を開く横で、車椅子の未来は目を閉じたままうなずく。真剣な女性の横顔を眺めていると、いまからキスするのだったかなと、意図的に間違えそうになる。

 顔を近づけたら、冗談ではすまない相手には、ふざけない。

 あくまでも正攻法で、唇を奪ってやる。


「おれと桐原さんで、このガーデンパークの頂上から入口まで競争します」


 病院の裏山に位置する墓地公園岩田屋ガーデンパーク。ここで、銀河と未来は下り一本勝負を行う流れとなっていた。

 パーク内は、どの場所にでも車椅子で移動できるようにバリアフリーが行き届いている。もっとも、どうしても迂回する場所があるため、頂上から入口までの移動距離は階段のほうが短いのは、上から見れば明らかだ。 

とにもかくにも、勝者と敗者を決めて、互いに欲しいものを奪い合うのだ。


「未来さんが勝ったら、有くんの居場所をおれが教えます。おれが勝ったら、入口近くのトイレで桐原さんと一発させてもらう、と」


 パーク内のトイレは管理が行き届いていて綺麗だ。車椅子が入れる多目的トイレならば、学校で調教しただけの女子は感激してくれるかもしれない。ホテルに連れて行かず、ベッドの上で決して抱いたことのない女は安上がりで済むから助かる。


「私は車を使いますので、ハンデをつけないとフェアじゃないですよね?」


「意外な提案しますね。車って車椅子でしょ?」


「下りですので、それなりにスピードが出ますよ? そうですね。同時に青信号でスタートするのではなく、私は銀河くんがスタートしたあとに、また信号が青になるまで待っていましょうかね?」


 二人が見据える方向には、パークを囲う紅葉が生い茂っている。

 その切れ間から、病院そばの交差点の信号機が見える。豆粒みたいに小さいが、それでも色の変化は十分に把握できる。


「では、時間が勿体ありません。有くんが心配ですからね。次に信号が青に変わった瞬間に、スタートしてもらえますか?」


 信号を確認すると、いまは赤の状態だった。

 いよいよ、下り一発勝負がはじまる。


「にしても、未来さん。こんな条件での勝負を受けてくれるなんて。やっぱり、おれに抱かれたいってことですよね?」


「いえ。できれば願い下げです。でも、あなたの夢をききましたからね」


「ああ、言いましたね。未来さんとセックスするのが夢になったって」


 有の居場所を聞かれて、知らないと答えたら許されないと思ってしまった。

 それで咄嗟に、いまはエロいことしか考えられなくて、スッキリしないと思い出せない、と嘘をついた。その流れで、ひと目見た時から惚れていて、セックスしたいと願望を語ったのが、パークの登り坂の途中だった。


「信号が青にかわりましたよ」


「本当ですね」


「言いましたよね。時間が勿体ないので、すぐにはじめたかったと」


「いや、それでいいですよ。すでにスタートしてるってことで。でも、あまりにもハンデがありすぎると思うんですよ。最後にごねられたら、いやなのでスタートは一緒にやろうかと」


「ふざけてんの? それとも、舐めてるの? あなたの夢だったのではないの?」


「ええ、まぁ。最後に抱く相手でもいいかなって思いますよ。未来さんは美人だし」


「ありがとうございます。褒められるのは、やはりいいものですね。それはそれと

して、簡単には許可できません。なので、この条件が、最低ラインです」


 未来は眉一つ動かさない。笑いもしない。感情が読めない。

 ここまでくると、こわい。

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