2012.10.31 銀河④ 02
「真剣に返してくれますね」
「夢を笑いはしませんよ。口にできる時点で、命をかけはじめているのにほかならないと思いますし」
「おおげさですね。たかだかセックスのために命をかけるって」
「私が認めた男の一人に、惚れた女のためならなんでもするような人物がいます」
「女と楽しいことするのが、夢ってことですか? おれと同類がいましたね」
「同類? あなたの私を抱きたいという感情はイレギュラーなものなのですか? そうでなければ、私は彼と同じだと認めません」
未来の熱さに気圧される。銀河は迂闊に口を開けなくなった。
「彼には別の夢がありました。それを叶えるために、人生の大半を費やして、努力する覚悟もあった。はじめて出会ったときも、相当な運転技術を持っていた実力者でした。努力を積み上げれば、彼には無限の可能性があると感じました」
未来が視線をそらす。信号が黄色から赤にかわっている。
青信号になっても、このまま彼女は熱く語っていそうな雰囲気だ。
「大事にしてきた夢の真横に、彼女は一瞬で並んだそうです。『赤信号に従って、車を止めるようなものです』と彼は笑っていました。それまで、交通ルールもろくに守らず無免許で車を走らせていた男が、なにを言っているのかと、笑えませんでした」
誰のことを言っているのか、わかった。
川島疾風。
「あの手、この手を使って、私は彼を導こうとしました。情熱乃風という走り屋チームを作ったり、県外遠征につきあわせたりしたわ。彼にはサーキットやラリーでプロになることも、カースタントで有名になって共演者の女優に手を出すこともできたはずです。
でも、彼が優先させたのは、最愛の女性とのささやかな生活でした。私には出来ない選択でした。ある時は生かされ、ある時は殺されるような大切な夢を持っていたくせに、折り合いをつける決意を見せるなんて」
「おれはそこまでの夢もなければ、そんな女にも出会ったことはないですね」
「そんなんだと、生きてる実感が希薄じゃありませんか?」
「希薄とかよくわかりませんが、人生に期待なんてしてませんからね。なにやっても、期待を裏切られてばっかりですから」
口に出さないが、銀河は女性を知っていくことを考えていた。
経験をしたいまでは、無知こそがワクワクだったと達観している。
抱いた女で、誰かが語った言葉で印象に残っているものがある。UMAと呼ばれる動物も、発見された時点でUMAと呼べなくなる。
未知のままのほうがいいこともある。
「裏切られると感じるのは、夢という呪いにかかっているせいかもしれませんよ」
「なにそれ?」
「昔、仲間と飲んでるときに誰かが言ったのよ。夢というのは叶えるまで人を縛り続ける。だからこそ、簡単には諦めきれない。たとえ諦めたとしても、どこかで後悔することになるだろうって。ほら、それって呪いみたいじゃない?」
「未来さんも呪われてるんですか?」
「そうね。十代の頃に憧れていた場所に立っているはずなのに、まだ満たされてはいないかも。夢ってのは、形を変えていくのよね。私の夢はいつからか、プロのレーサーになるだけではなく、その舞台で彼に勝ちたいというものになっていた」
満たされないからこそ、形をかえる。銀河は自分の悪あがきを照らし合わせることで、なんとなくだが、理解はできた。
初めてキスしたとき、おっぱいを揉んだとき、挿入したとき。ドキドキとワクワクに満たされていた。
でも、未知が既知になったとき、全部期待はずれだったと知る。想像を超えてすごいものなんて、巡り会えない。
最近は、存在しないんじゃないかって思い始めている。
なのに、諦められない。
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