2012.10.31 風見④ 06
『そもそも、カレンがお前以外とそういう関係にあると気づいたのは、偶然だった。そこの使いから聞いてるはずだが、おれの女に手を出した男がいるんだ。そいつのことを詳しく調べるうちに、その写真を手に入れた』
画像は複数枚添付されている。
中学生ぐらいのガキと一緒にカレンが写っている。
日が暮れた暗い中で、ホテルに入ろうとしている一台の車。同じ服装だが、朝方になってホテルから出てくる車の画像もある。運転手の顔を確認する。行為後の特徴が出ている。
よくエッチのあとは、疲れからあんな感じになっていたな。
ジャーナリストの端くれを名乗る風見は、自分の力で真実にたどり着くのを誇りにしている。だからこそ、他人から事故のように重大事実を教えてもらいたくはなかった。
だいたい片岡と情報を共有するのは嫌なのだ。これ以上、奴と共犯関係になるのはゴメンだった。あいつの前では、カレンが誰かのセフレだという共通認識を持たなければならなくなるのも最悪だ。
そうでなくても、カレンが誰かと肉体関係を持っているなんて事実は耳を塞ぎたくなる。
『さて、選択のときはきた。誰か一人の居場所を教えてやろう』
「あれ? 忠誠心がどうのこうのって言ってたのに、どういう心変わりですか」
『退院祝いを与えてやろうと思ってな。なに、面白がっている訳ではないぞ』
「退院祝い? それのお返しと称して、コキ使われる未来しか見えないんですけど?」
『さぁ、どうするつもりだ? 風見のカレンに対して、愛情の欠片もなく抱いている中学生の居場所と、空野有の居場所、どっちが知りたい?』
「少し考えさせてください」
『わざわざおれに連絡をとろうとしたほどに切羽つまっているのではなかったのか? 黙りこんでいる時間なんてないだろ?』
「時間がないかどうかを決めつけるのは、あなたじゃない。ボクは手のひらで踊るつもりはありませんよ」
『そうか。最後に会った時から、そんなにも成長しているのか。おそろしいな風見特派員』
「ボクのことを最初に食えない男と称したのは、ほかでもない片岡さんですよ」
電話の向こう側で舌打ちが聞こえる。苛立ちたいのは、こちらも同じだ。
『風見、すぐに答えないのならば、ヒナに電話をかわってくれないか? 少し、話したいことができたのでな』
「ヒナ? ――ああ。もしかして、片岡さんの使いの方の名前ですか」
風見の頭の中に初恋の女性が浮かんで、馴染みぶかい名前を口走ってしまった。常識的に考えて結論を出した答えに対して、片岡からの否定はなかった。
近くで病院の裏山を眺めていたヒナに対して、電話を差し出す。
「わたしにですか?」
風見はうなずくだけだ。喋るのも億劫になっている。
「さしでがましいですが、風見さん。わたしが時間を稼ぎます。くれぐれも焦って、選択を間違えないでくださいね」
「まるで、ボクがいつ間違えたのか知ってるみたいに言いますね?」
「一番弱いときのことは知ってるからね。中学のときでしょ。風見?」
「お前、まさか?」
電話を耳に当てながら、ヒナは風見に背を向けてしまった。
見覚えのある後ろ姿から目を離せなくなる。このままではいけないと思い、風見は眼鏡を外し、自分の手で目元を覆った。
有り得ない。
だってヒナは、海に帰っていったはずだ。
風見には助けられなかった。逃げ出してしまったせいで。
ならば、他の誰かが救うはずもないではないか。
人が他者のためにできることなんて、たかが知れている。
世界は揺るぎないものだ。ずるがしこくて、油断できない。
ヒナに生きていては欲しいが、そこまで人間の可能性を風見は信じられない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます