2012.10.31 有③ 04

「待ってください、あずきさん」


 手を繋いでいたので、有に連動してあずきも足を止める。


「ちょっと。あんまり長居したくないんだけど、ここには」


「ああ、すみません。じゃあ、ここから外に出るのを優先させましょうね」


 急ぎ足になって、入ってきたときと同じ暖簾をくぐった。アダルトコーナーから脱出するやいなや、あずきは柄にもなく舌打ちをする。


「本当に、なんなのあいつ。信じられない」


「だから誤解してますよ、あずきさん」


「監督くん。友達想いなのはいいけど、あんな奴を庇う必要はないんだよ」


「庇ってくれてるのは、勇次くんです。勇次くんが嘘をついてるんです」


「わかった、わかった。庇ってるのは勇次なんだね――ん? 勇次が? どういうこと?」


「見事な間でのノリツッコミですね」


 関西出身の有でさえも舌を巻いた。いつも、勇次や守田に振り回されて、ツッコミを入れているのだろうなと、彼女の苦労が想像できた。


「えーっと。それで、なんだっけ。勇次が庇ってるって話、詳しく教えてもらっていい?」


「はい。結論から言えば、エッチなビデオを探しにきてたのは僕で。勇次くんの目的のほうが、スカイフィッシュの映像だったんです。もしかしたら、さっき持ってたDVDは全部、スカイフィッシュの資料映像なのかもしれません」


「それ、本当なの?」


「後半は僕の想像ですが」


「とりあえず、前半部分は真実なんだ」


 エロビデオを求めていたのを白状したのに、あずきは有に対する反応が薄味だ。

 守田曰く、恋する乙女のあずきは、勇次の情報が飛び出たときは、無意識に視野狭窄となって、情報の取捨選択を行うとか。

 あずきは、アダルトコーナーの暖簾をみつめている。その瞳には、並々ならぬ決意が秘められているように感じられた。


「謝りにいきますか?」


「いや、それは無理」


「無理なんですか?」


 裏を返せば、実行にうつせないだけで、謝ろうという気持ちはあるということだ。


「でもね、あたしレンタルカードを忘れてることに気づいたのよ。いま、この瞬間に気づいたの。CDを借りようと思ってたから、カード貸してもらえないか、交渉してくる。その流れで、もしかしたら謝るかもだけど」


 素直ではない。これこそが、守田がよく話してくれる、あずきの伝統芸だ。


「ねーねー、カードないんだったら、俺の貸そうか?」


 あずきが一歩目を踏み出す前に、声をかけてくる男がいた。

 あずきの知り合いだろうか。それにしても、ガラの悪い成人男性の二人組だ。

 ハローウィンのコスプレをしていないのに、フランケンとドラキュラみたいな印象をそれぞれに持った。


「どちらさまでしょうか?」


 怪訝そうに訊ねるあずきの横顔から、有は不穏な空気を感じ取る。


「これは、これは、名乗るのが遅くなってごめんちゃい。俺らはボランティア精神に溢れてるので有名な者でしてね」


 フランケンがへらへらしながら言うと、ドラキュラが何度もうなずく。


「そうそう。エコロジーってやつだ」


「あれ? それボランティアとちがくね?」


「似たようなもんだろ。ははは」


 なにが面白いのかわからないが、手を叩いて笑っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る