2012.10.31 有③ 03

 視界の端で、素早く移動している。

 見間違いではない。

 キョロキョロとあたりをうかがう後ろ姿に見覚えがある。


 まさか、田中あずきが、アダルトビデオを借りにきているなんて。

 でも、借りるぐらいがなんだ。清純とタイトルに書かれているアダルトビデオに、女子高生が出演しているのに比べたらなんでもない。


「このバカ勇次。高校生のくせに、こんなところにいていいと思ってるの? 高校生のくせに!」


 怒鳴り声が店内に響く。

 あずきは、インディーズでCDを作っており、綺麗な歌声の印象が強い。こんなふうに声を荒らげたりするのは意外だ。

 守田の言うとおりで、やっぱり、勇次に対してはきびしいようだ。

 怒鳴り声に導かれるように有が近づいていくと、勇次の声も聞こえてきた。


「高校生、高校生ってやかましいな。あずきも同い年だろうが」


「そうよ。だから、注意してるのよ」


「とか言って、お前もAV借りにきたんじゃねぇのか?」


「んなわけないでしょ」


「誓えるのか? おい。純真無垢な監督を前にして、嘘をつくつもりじゃねぇだろうな」


「どーして、ここで監督くんの名前が出てくるのよ」


「なんでって、そこにいるからだ」


 勇次が有を指差す。振り返ったあずきと有の目があった。

 面食らっているあずきに、有は会釈をする。

 あずきも釣られるように、ぺこりと頭をさげてくれた。


「いやいやいや、挨拶してる場合じゃない。勇次、あんたバカすぎでしょ。自分だけならまだしも、監督くんまで巻き込んで。最低ね。そこまで腐ってるとは思ってなかったわ」


「あ? 監督はあれだ。スカイフィッシュがうつりこんだディスクを探しにきただけだ」


「はい? スカイ? 空飛ぶ魚?」


「ロッドのことだ。知らんのか?」


「もしかして、いやらしい言葉? 女子高生のスカイフィッシュにロッドをどうのこうのみたいなタイトルのDVDがあるんでしょ?」


「なに言ってんのおまえ?」


「部室に、あんたの私物でそんな感じのタイトルのがあったんだけど」


「ああ、あれな。ただしくは、女子高生のスカートにリモコンバイブをどうのこうのだってんだ。間違えんなよ。キャディとキャビットってUMAも名前は似てるけど、特徴は全然ちがうからな」


 キャディは巨大な謎の水棲怪物で、キャビットは上半身が猫で下半身が兎に酷似している珍獣だ。

 とはいえ、名前だけをきいて、UMAの特徴がわかるのは、それなりに勉強していなければわからない。だから、あずきには、ちんぷんかんぷんの様子だ。


「よくわかんないけど。とにかく、勇次のことは見損なったから。ほら、監督くんはまだ引き返せるはずよ。さぁ、一緒に帰りましょう」


 そう言うと、あずきは有の手を引いて歩き出す。


「おうおう、好きにしろ。こっちは、今日のズリネタを吟味させてもらう」


「すでに何枚も選んでるくせに。どんだけ性欲が強いのよ、変態」


 相変わらずあずきは、勇次のことをよく見ている。勇次がすでに五枚もディスクを持っていることに、有は今更ながらに気づいた。

 そこまで勇次を観察しているのならば、彼の嘘に気づいてあげてほしい。

 勇次は悪役を演じてくれているだけだ。スカイフィッシュを探しているのは、有ではなく勇次だ。

 友達の名誉のために、有は足を止める。

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