2012.10.31 銀河③ 03

「銀河」

 楓に名前を呼ばれて、びっくりした。体が震えるほどにびびらせやがって、ちくしょう。

 本人の断りをえずに、人の名前を使って股をいじるなよ、ぼけ。


 それにしても、楓はなかなかエクスタシーに達しない。

 そこまで気にしてなかったはずの喘ぎ声も、いい加減にウザったい。

 このウザさから開放されるならば、抱いてやるのもひとつの手だ。もっとも、別に挿入だけがセックスではない。片手でいかせる自信がある。

 しかし、一度だけでもそういう関係を持って、いままで以上に彼女ヅラされても困る。


 ああ、本当に。

 楓が大嫌いだ。


 ネガティブな感情を銀河が噛み締めていると、誰かが病室に入ってきた。カラカラという車輪の音。

 カーテンの向こう側で急ブレーキをかけたように止まる。


「大丈夫ですか? 苦しそうな声がしますけど」


 女性の声は、楓に向けられている。隙間から覗き見ると、車椅子の車輪が見えた。白衣の天使ではなくて、入院患者がやって来たようだ。


「その、おせっかいな声は桐原未来さんですか。だめですよ。絶対に開けたら、だめですから」


「でも、苦しそうな声を出してたし」


「出してませんよ。頭おかしいんじゃないんですか。幻聴ってやばいですね」


 中途半端な状態で終わったのか、楓はご立腹だ。

 カーテン越しの言い争いは激しくなっていく。これなら多少の物音ならば、かき消されそうだ。

 どさくさに紛れて撤退しよう。


 こういう風に、ベッドから逃げ出すのは慣れている。

 昼下がりの主婦の家にお邪魔して、旦那や子供の帰宅時にバッティングした時に比べれば他愛もない。

 あの主婦は今週も木曜日に、つまりは明日、抱くつもりだ。


 待てよ。

 生き残れなければ、それも無理なのか。

 どうにも、追いつめられている感覚が薄い。

 片岡潤之助が、ヤクザよりもおそろしい相手だと理解している。それに、忘れてはならない。七海に打たれた注射で、副作用から死ぬ可能性もある。


 廊下を進みながら、銀河は脱いだ白衣を丸めて、ゴミ箱に投げた。

 どうでもいいものは、捨てるに限る。ティシュに包んだ使用済みコンドームもいらない。

 その感覚に近いものを自分の命にも感じている。

 泥くさく生きるぐらいならば、綺麗にくたばる。


 病気になったら、病院に来てまで足掻くつもりもない。野生動物みたく交尾に明け暮れてきたのだから、怪我も病気も受け入れる。

 しかし、この生き様を他人に押し付けるつもりは毛頭ない。

 むしろ女性ならば、長生きしてほしい。どんな病人や怪我人でも、女性は病院に通って元気になってもらいたいものだ。


「あの、すみません」


 振り返る。

 車椅子の女性が声をかけてきたようだ。この人にも長生きしてもらいたいと、銀河のチンコが率直な意見を主張している。

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