2012.10.31 銀河③ 01

 カーテンの向こう側から、楓の押し殺した声が聞こえる。くぐもった息遣いには、雌の色気が混じっている。


 自分を慰めると書いて、自慰。オナニー。


 銀河はオナニーよりも先にセックスを覚えた。

 ゴムにくるんでゴミ箱に捨てる精子はあっても、自家発電で無駄にする精子はない。それに、オカルト好きの女性と最悪な別れ方をしたせいで、これから先もオナニーをすることはないだろう。

 オカルト好きの女性は、別れ間際に本格的な黒魔術を銀河に仕掛けてきたのだ。


『我は放つなんとかかんとか』

 曰く、銀河は呪われた。

 なんでもオナニーをするようなことがあれば、二度とセックスができなくなるらしい。べつにそれでもいいと思った。

 女に困ったこともないので、関係ないからだ。

 そんなこんなで、銀河はオナニーをする人間を心のどこかで見下している。

 男であろうとも、女であろうとも。


 ウィィィンという機械の振動音が聞こえてきた。

 楓への見舞いの品として、銀河は小型の電マを枕の下に置いていった。ポケットを漁ったら、たまたま持っていただけで、わざわざ楓のために用意したものではない。

 楓のために労力を割いたのは、メールを送ったぐらいだ。

 なにをメールで書いたのか思い出せなくて、送信画面を確認する。


『わざわざ見舞いに来てやったのに、いないんだな。お前にガチで来てたかどうかで疑われるのはしゃくだからよ。証拠として、オナニー道具を枕の下に置いてく。楽しんだ動画をオレに送ってこい』


 冗談半分とはいえ、なかなかにえげつないメールを送ったものだ。嫌われても構わない相手だから、好き勝手な文面を作れた。

 銀河が病室に留まっていたのは、楓のためではない。

 聖里菜を抱くための算段をたてていただけだ。


 弟が普段眠っているベッドで、姉とファックする。そのためには、まず有というガキを見つける必要がある。

 その手がかりが、有のノートパソコンにあると考えた。

 楓が病室に戻ってきたのは、銀河がパソコンを起動させている最中だった。

 出るに出られなくなった状態で息を潜めていると、楓がオナニーをはじめたのだ。


 病室には誰もいないと思い込んでいるようで、確認をとらずに行為にふけりはじめた。その勢いの良さは高評価だが、まだダメだ。及第点には達していない。

 見せつけるぐらいの気持ちは欲しかった。

 通りすがりの男を女の声で引き寄せて、いれてくださいとおねだりをしてみろよ。もっとも、それぐらいのエロさがあったならば、他の男に手は出させない。

 いちいち、楓は選択をあやまっている。銀河と縁がない。

 残念でした。

 来世に期待してください。


 楓のくぐもった声をBGMにしながら、銀河はパソコンに目を通す。

 デスクトップに設定されている待受画像は、家族四人の集合写真だ。おそらく、この黒髪の女性が、あのギャルだろう。

 この頃は、派手さもなければ胸もない。光っている武器は、清楚さだけだ。

 まぁ、清楚さだけで百人斬りできるポテンシャルは持っている。


 それにしても、くそつまらない画像を待受に選択している。

 仕方がない。年上の男として、ここは人肌脱いでやろう。

 パソコン内部には、エロ画像が必ずあるはずだ。エロ画像を待受に設定変更してやろう。

 なんて、優しいんだろう。自画自賛できるぞ。

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