2012.10.31 風見③ 04

「もしさ、病室に有くんが戻ってきたら、連絡くれない? それだけの手伝いで、聖里菜さんは涙を流して喜ぶって言ってたよ。いまさっき。これマジだから。

 嬉しくて、化粧も落ちるかもしれないってさ」


「化粧が落ちる。あれのすっぴんは興味あるかも」


 嘘をついたのだが、入院生活で積み重ねた関係性のお陰で、楓は信じてくれたようだ。


「うん、わかりました。別に面倒じゃないですから、それぐらいならオッケーです。有くんが来たら、特別に風見さんには連絡します。あと勿論。カレンさんが来てもね!」


「ああ、カレンのことも気にしてくれるのは、助かる。ありがとう」


「でもでも、楓の連絡先、風見さんに教えてましたっけ?」


「そういや、知らなかったね」


「ですよね。風見さん、教えてくれなかったですし。覚えてますか? なんて言ってかわしたか?」


「もうちょっと仲良くなったらね、だっけ?」


 いつも使う定型文を口にする。覚えてはいないが、どうせ楓にも使っていたはずだ。


「なんか嬉しいですよ。楓と風見さんは、仲良くなれたんだなって思うと」


 無邪気な笑みに対して、どのような顔を返せばいいのかわからない。無言のまま、風見は楓に手を差し出す。


「なんですか?」


「電話だして。いま、聖里菜さんにとられてるから」


「はいはい。そういうことなら、どーぞ」


 よっぽど信頼されているのか、簡単に電話を貸してくれる。

 そのまま楓の電話を勝手に操作しても文句を言われない。女子中学生の未読メールを読もうと思えば読める状況だ。風見は無駄なことをしない。

 自分のガラケーに着信を残すのに徹する。


「楓ちゃんの電話から、ボクの電話にかけたから、登録しといてね」


 電話を受け取りながら、楓はさも当然のように「あれ?」という表情になる。


「メールアドレスは、教えてくれないんですか?」


「電話で事足りるでしょ。そういや、なんかメール届いてたよ」


「え? あ、ほんとだ」


 片手で電話を操作していた楓が、貴重品を取り扱うように両手を使い始める。手が震えていて、携帯電話を床に落とした。


「か、か、風見さん。あのっ、あのですね。病室に帰ってくるとき、連絡くださいね」


「うん、別にいいけど。だったら、電話しっかり持ってないとね」


 優しく言いながら、風見は床の上の電話に手を伸ばす。


「いいです。拾わないでください。自分でできますから」


 子供っぽい発言とは対照的な表情だ。電話を拾い上げる楓は、女の顔になっていた。


「おーい、こっちの電話が鳴ったんやけど?」


 遠くから、色気ムンムンのギャルの声が聞こえてくる。


「ちょっとー無視すんなやー」


 瞬間的に、楓の色気は聖里菜を上回っていたように風見は感じた。


「ボク、楓ちゃんのこと好きだよ」


「いきなり、そんなこと言って。なんですか? 喜ばせた分の責任とってくださいよ」


「責任って、なにすればいいの?」


「ふられたら、慰めてください」


 女性を慰める方法なんて、ひとつしか知らないのだが、風見は返事をする。


「任せて」

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