2012.10.31 風見③ 03


「あの名前のわからんおねーさんやったら、話半分きいただけで飛び出していったで。車椅子やのに、もの凄いスピードで走ってったわ」


「あの偽善者め」


「いやいや、むっちゃええ人やん。なにいうとんねん、このガキは」


「また、子供扱いした。もういい。ぜったいに手伝わないから」


「そんなこと言うなって楓ちゃん。そんでもって、聖里菜さんも煽らないでくださいよ。桐原さんが協力してくれてるとしても、人数が多いにこしたことはないはずでしょ」


「そうかもしれんけど、あんまり手伝いの数が増えたら報酬が支払えんようになるやん?」


「なるやんって、そんなの別にいらないでしょ。もしかして、さっき言ってたサービスって冗談じゃないんですか?」


 たずねながら、聖里菜のおっぱいに注目する。視線をさらに下げていく。

 ミニスカートの中は見えないが、こんがり焼けた太ももは拝める。里菜はスカートの裾を引っ張る。

 ばれていない、眼鏡の奥の瞳が光っていたことなど、ばれてないはずだ。素知らぬ顔をしておこう。


「信頼できる女医の龍浪先生は、なんもいらんって言うてくれたんやけどな。さっき協力を頼んだ若い子は、見つけたらやらせろってストレートに言うてきてん」


「ちょっとちょっと。ほら、中学生もいるから、そんな生々しい話はやめにしましょう」


「ああ、せやな。ちょっと、そういうんが日常やから、注意されんとわからんようになっとんねん。ありがとうやで。たしかに処女の前でやるような話とちゃうな」


「誰が処女だ。楓を侮辱するな」


「やかましいねん。処女かどうかの診察結果は病院で出せるんやで。龍浪先生に調べてもろうたら、嘘がばれるで。黙っとき」


「嘘じゃないって言ってんのよ」


「背伸びのしかたを間違えんなや。大事にせなあかんもんはな。たいがいは、風に吹かれたら飛ばされるようなほど儚いんやで」


「説教とか、うざっ。もういい。楓は知らないもん。有くんには悪いけど、力にはなりませんから。ばーか、あーほ」


 脳裏に焼きつくほどに、衝撃的な醜い表情をしてから、楓は病室に戻っていく。

 楓とすれ違った子供が、化け物と遭遇したように走り出した。ハローウィンで化け物の恰好をしているのは、子供にも関わらずだ。


「で、風見さんやっけ? 自分は手伝ってくれるんでええんやな?」


「もちろんです。それじゃあ、別々に探しますよね? いざってときの連絡先を教えてもらっていいですか?」


「ああん? 自分、ナンパするんが目的やったんとちゃうやろな?」


「そんなわけないですけど」


「ほな、自分の電話番号教えて。必要に応じて、こっちから非通知で連絡するから」


「はい。それでもいいですよ」


 電話をポケットから取り出しながら、病室に向かう楓を目で追いかける。いまならまだ、追いつける距離だ。


「ちょっとすみません。電話番号の確認とかはお任せしますので」


 電話を聖里菜に押し付けるように渡す。面食らっている聖里菜に、風見は背を向けて走りだす。


「あのさ、楓ちゃん」


「いやです。いくら風見さんの頼みでも、いやです。あんのクソビッチ。偉そうに、大事にするべきものを語りやがってからに。むきー。そんなのもうわかってるのに」


 恨み言は、聞かなかったことにする。大人の耳は都合がいい。

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