2012.10.31 風見③ 01

 カメラを握る際に、シャッターボタンに指を置いておくのが、風見の癖になっている。

 223号室から、ギャルのメイクをした薄着の女性が飛び出してきた。


 風見はこちらに向かって歩いてくるギャルを被写体として認識する。

 写真撮影モードから動画撮影モードに切り替える。なにに違和感を覚えたのかわからないままの行動だった。


 違和感を覚えたら、シャッターを切れ。


 UMAと思しき動物をいくつも撮影してきたハザマの取材をしたときに、風見が教わった心得のひとつを思い出した。

 この教えを守ることで、風見もよくわからない動物の動画撮影に何度も成功した。

 おかげさまで、小銭を稼げている。ありがとうございます、ハザマ師匠。

 しかし師匠。

 今回ばかりは、小銭稼ぎに繋がる動画がうまれるとは思えません。

 そもそも、ギャルが病院にいるのが異常か? 


 たしかに、入院生活でよく見る女性は、化粧をする余裕もない患者や、ばっちり化粧をしている看護師、あとは老人ぐらいだ。とはいえ、子供ができたから、堕ろそうと考えてギャルが病院にやってきてもおかしくはない。

 ならば、もっと根本的なものに、風見の勘が働いたのかもしれない。

 女性は化粧で変わるものだ。

 清楚系のAVでデビューした女優だって、ギャル風のメイクをしたら、がらりと印象が変わる。だからこそ、目の前の彼女の正体が、風見のよく知る人物という可能性だってある。


「カレ――」「あれ? 有くんのお姉さん? 聖里菜さんでしたっけ?」


 一緒にいた楓が口を開いた。風見は発言の途中で口を閉じていた。


「ん? かれが、どうかしましたか?」


 気づいても流せないのは、さすが中学生様だ。立派なレディならば、聞いてないふりができるというのに。

 まだまだ甘いぞ、楓ちゃん。


「カレ――そう、カレーだよ。味の薄い病院食ばっかりだったからさ、自販機で買う野菜ジュースの濃厚さに助けらることってあるだろ? だからこそ、退院したらカレーが食いたいなぁと思ってさ」


「おごる、おごるで。手伝ってくれたらカレーでもなんでも。うち美味い店知っとるから」


 苦し紛れのカレー話に、聖里菜が食いついてきた。鬼気迫るものを感じる。彼女は目を血走らせながら、がしっと風見の肩を掴む。


「じゃあ、楓は病室に戻ってますから」


「そない殺生なこと言わんと、楓ちゃんも手伝ってーや。頼むで」


 聖里菜は楓に話しかけながらも、風見の肩から手を離さない。ぐいぐいと爪がめりこんできて痛い。


「なーに言ってるんだか? 初対面で楓のことをぼろくそに言ったのを忘れたのですか? なにするか知りませんが、口喧嘩したことを後悔すればいいんですよ。じゃあ、そういうことで」


 病室に向かいながら、楓は小さくガッツポーズをしている。わずかな動きであったが、聖里菜も気づいたようだ。風見から手を離し、聖里菜は腕を組んだ。


「せやから、そーいうところが、ガキやって言うてんねん」


 効果は抜群だ。

 楓は足を止め、顔を真っ赤にして引き返してくる。悠々と病室に向かっていた速度よりも何倍も速い。


「撤回しろー。楓は、ガキじゃない」


「いや、自分のことを名前で呼んでる奴は、小さい子供みたいなもんやろが」


「そーいうとこっ。楓をいらつかせるところは!」


「はいはい、楓ちゃん落ち着いて。騒いだら迷惑だからね」


 二人の間に割って入ったが、どちらの体にも風見はノータッチだ。こういうところで、胸を揉んで黙らすことができない。

 楓の膨らみはじめの胸を見てから、ギャルの巨乳に視線をうつす。

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