2012.10.31 有② 04

「そして、最後は姉貴への恨み言だったな。姉貴の認めてる男が、これから本気でMR2を走らせるから、オレは死ぬかもしれないって殴り書きした」


 要約すると、最後に残すのは家族への言葉ということだ。

 痛いほど参考にできる。

 母親にはもちろん、感謝している。けれど、やはり大好きな姉に対して、最後の最後になにかを殴り書くような気がする。

 それは、遺書をつくったときの生の感情をそのまま紙にのせることになりそうだ。


 仮に、いますぐに遺書を作成しろと言われたら、間違いなく聖里菜に謝る。

 そして、それは父親へのごめんなさいの意味も込められている。

 父からの手紙で、姉弟で仲良くするようにという内容が頻繁にでてきたのだ。おもしろおかしくUMAの生態を教えてくれたあとにも、家族愛が話のオチになることも多かった。

 非日常を語ることで、日常の大切さを心に刻みつけてくれていた。

 手紙を通じて、大事なことを何度も教わっていたはずなのに、実践できていない。


 大好きな姉の前から、逃げ出すべきではなかったのかもしれない。踏みとどまっていれば、いまとはちがった状況になっていただろう。

 とはいえ、あそこでアダルトビデオの話を掘り下げることなんて、さすがに無理だ。暴風雨の中に踏みとどまれと言っているようなものだから。

 走っている車の上に立っても、やがて遠心力で吹っ飛ばされるのが目に見えている。そんな行為に意味はないだろ。


 だとしてもだ――父の声が聞こえた。

 それでも戦うべきだ。死ぬとわかっていても、生きるべきだ。

 それが、人生だ。

 そもそも人生は戸惑いの連続だ。一瞬に喜び、繰り返すだけだ。だが、それを理解したところで、やめられないもの。

 喜び悲しみを背負って進むのが、生きている証しであり、苦しみを知らなければ乗り越えられない壁もある――すべて父の弁だ。


 言葉としては覚えているが、意味はよくわかっていない。大人が聴いて感銘を受ける曲の歌詞を子供では理解できていないのに似ている。

 色々と考えたものの、結局のところはなにもわからない。自分の選択が間違っていたかどうかも、本当はよくわかっていない。

 それでもいい。

 だって、間違いを繰り返してもいいのだから。


 失敗して振り出しに戻っても構わない。

 逞しく、歩いていけ。

 有の涙と汗の音を、お父さんは誇りに思う。

 時々落ち込み、負けそうになることがあるだろう。そのときは、この手紙を読んで振り返るといい。

 手紙を読み返さずとも、握り締めるだけで内容が有の頭の中によみがえっている。

 ありがとう、お父さん。ホンマに好きで、尊敬しとるで。

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