2012.10.31 疾風② 02
「そこのお兄さんも、お弁当どうですか? いまは、お客さんがはけてますから、すぐに買えますよ?」
気軽に話しかけられただけで、目を見開いてしまった。
朱美に背を向けたまま、肩を震わせる。
疾風にも憧れていた夢が色々あった。そのどれよりも優先させたのが、一人の異性だ。
選択に後悔はない。
たとえ、いまは別れていたとしてもだ。
それにしても、生きていれば面白いことがやはり起きるものだ。
お互いが地元にしがみついて生活していれば、こんな風に再会できることもある。
「聞こえてます? ラストの唐揚げが冷め始めて、婚期を逃しかけてるの。どうか、お嫁にもらってあげてよ。あたし自身は売れ残ってるけど、この子には幸せになってもらいたいの。てか、もらってよ。聞こえてないの、シップー」
疾風は手を見ただけで朱美だと確信を得た。朱美は後ろ姿だけで、疾風だと断言できるほどの特徴を覚えていたのだろう。
「で? どっちをもらえばいいんだ?」
「どっちってなによ。唐揚げに決まってるでしょ。他になにがあるのよ」
「忘れたのか? 朱美の実家に結婚の挨拶に行ったことあったはずなんだけど」
「バカなの。忘れるわけないでしょ。あたしにとっても一大イベントだったんだからね」
気恥ずかしさを持ったまま、ようやく疾風は振り返る。
「上等ォじゃねぇか。相変わらず、美人だな」
「はぁ? いきなり、なに口説きにきてんのよ。バカなの?」
照れ隠しに笑う朱美の姿に、どうしようもなく癒される。
芸能人で言うならば、桐谷美玲に似ている。もっとも、桐谷美玲と久我朱美のどちらかを抱けるという状態になれば、疾風は迷わない。
言わずもがなだ。
「ところで、シップー。あんたもリーダーのお見舞いにきたんでしょ?」
「よくわかったな」
「で、同部屋の女子中学生を怒らせて、追い出される形で買い出しを頼まれたってとこでしょ?」
「すごいな。エスパーかよ、おまえ」
「ちがうって。ちょっとは想像力を働かせなよ」
「だめだ。想像力を働かしたら、勃起してきた」
「なにを考えとんだ、おのれは」
「お前の裸に決まってんだろうが。言っとくが、たまにズリネタにしてんだからな」
「ばっ、声が大きいのよ。だいたい、そーいうことを言うなら、もっとこっちに来てよ」
言われるがまま、疾風は朱美に近づいていく。
朱美を毎日、抱いていた過去を思い出していると、自ずと早足になっていた。
そして、止まることも忘れてしまう。
「バカバカ、近い、近い、息が当たってる。バカ」
「いかんいかん、チューするところだった」
朱美が顔を逸らさなければ、いまのおかしくなっているテンションなら舌を絡めにいっていたかもしれない。
ひとまず、長机の横幅程度に距離をとる。実に数年ぶりの再会に、気持ちが舞い上がっている。
冷静になれと、疾風は自分を律する。
「あんたね、昨日もエッチしたみたいな絡み方やめなさいよね」
「実は、今日見た夢に、朱美が出てきて夢精したところでな」
「なんで、そんなタイムリーな夢みてんのよ」
「まぁ、嘘だけどな」
「死ね」
言い争っているうちに、お互いに歩み寄っていた。
長机の横幅ほど距離をとっていたのに、売り物の弁当の縦幅ぐらいまで近づいている。
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