2012.10.31 疾風② 01
空飛ぶ魚弁当を二人分買ってくる。
出来なければ、どんな目にあわされても文句は言えない。
リーダーの命令は絶対だ。
プレッシャーを感じながら、疾風は駐車場を歩いている。弁当の出張販売車は簡単にみつかった。
駐車場の一角に、オッサンが群がっている場所がある。
遠目からでも、折りたたみの長机の上に、弁当が並んでいるのがわかる。開けっ放しにした荷台が、屋根がわりになっているようだ。
車体のサイドに印刷されている店名に覚えがある。
あつもり食堂。
疾風が頻繁に行くカレーの美味い喫茶店の店長が、あつもり食堂の料理人を褒めていた。
あそこの若い料理人をスカウトして、喫茶店に正社員として雇い入れたいんだが――と、疾風に相談してきたのも最近のことだったはずだ。
あの店長が太鼓判を押す料理人が作ったのだとすれば、空飛ぶ魚弁当に対する期待値が上がる。
弁当屋に近づきながら、ポケットから財布を取り出す。
財布は年季が入って味が出てきた。
初めて男女の関係を持った女性からのプレゼントだ。安物だと言っていたが、明らかに嘘だ。高級な財布は長持ちする。別れた後も、肌身離さず使い続けることができている。
群がる客の隙間から、ようやく弁当が見える。
男が集まっていたので、輪ゴムでとめても、蓋が浮かび上がっているぐらいのボリュームを期待していたのに、見たところ普通だ。つまらん。
食欲ではなく、性欲に従って男が集まっているのかもしれない。
もしも店員が可愛いか美人だったら、絶賛彼女募集中の守田にでも教えてやろう。
店員を見て、財布を落とす。足を止めて、しゃがんで財布を探す。
視線は店員のほうに向けたままだが、角度的にハゲたオッサンの頭しか見えなくなっていた。
弁当を袋に入れる手元を見ながら、左手の薬指を注視する。
指輪はない。知っていた。あいつも、まだ未婚のはずだ。
薬指の根元あたりに、ほくろがある。ほくろ占いでは、愛に恵まれる印とされているらしい。
元カノが付き合う前に、そのほくろを見せながら自慢げに教えてくれた知識だ。
「あ、いらっしゃいませ。なににいたしますか? はい、焼肉ね。じゃあ、ついでにサラダも買いなさい。それがいやなら、野菜ジュース。緑は身体にいいのよ。まいどあり」
緑は身体にいいから。半同棲時代に、疾風もよく言われていた。
あの声を知っている。ベットの上での喘ぎ声すらも、脳内で再生できる。
久我朱美。
高校一年のときに同じクラスで、そこから疾風の人生に多大な影響を与えた女性。
この再会を偶然だと思うほど、おめでたい思考を疾風は持っていない。
だから、弁当の買い出しを命じたのか。リーダーめ。
ようやく財布を拾い上げる。立ち上がると同時に、店に背を向ける。
だが、尻尾を巻いて帰るのをためらってしまう。走り屋時代の経験から、未来に逆らえないように調教されている。
こういうことを無自覚にやるのが、リーダーのなによりもこわいところなのだ。
畜生。
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