2012.10.31 疾風② 03
「なぁ、朱美」
「ん? どしたの、シップー」
このままだと、再会にアメリカンスタイルを取り入れてしまいそうだ。意図的に話を逸らすようにつとめる。
「空飛ぶ魚弁当を買いにきたんだけど、あるか?」
「ないわよ」
「売り切れた?」
「そうじゃなくて、そもそもそんなものは存在しないの。空飛ぶ魚定食ってのが、弁当を作ってる定食屋には存在するらしいんだけど、足がはやいから弁当にはなってないんだって」
「つまり、リーダーの勘違いが爆発したってことか?」
「でも、あろうがなかろうが、関係ないもんね。空飛ぶ魚弁当を持っていかないと、あの人は納得しないでしょ。困るよね、本当に」
「おまえ相変わらず優しいな。自分のことみたいに、困ってくれて」
「そりゃそうよ。だって、他人事じゃないもん」
「あ?」
「あたしも同じなの。リーダーのお見舞いに来て、中学生と喧嘩して追い出される形で買い出しを頼まれたの」
「なのに、弁当屋の店員みたいに、働いてるっていうわけか。あるある、そういうこと」
「いや、ないでしょ。まぁ、なってるあたしが否定するのもおかしいけど」
話しているうちに疾風の勘が働く。
朱美がわざわざ弁当屋の手伝いをしているのは、ボランティア活動というわけではないのだろう。
「なるほど。無理を言ったわけだな。おおかた、弁当が売れさえすれば、空飛ぶ魚弁当を特別につくってもらえるって約束をとりつけたとかなんとかだろ」
「さっすがシップー。あたしのこと誰よりもわかってるね」
「まぁな。なんだったって、朱美が好きな――」
「好きな体位がどうのこうのって言うつもりなら、黙っててね」
「言うつもりだったけど、やめる。そのかわり、どっちの乳首が感じやすいかもわかってるから、それを大声で叫ばせてもらいます」
喉仏を押さえながら、疾風は咳き込んだ。
「ちょっと待って。なに、喉の調子を整えてるのよ。本気で、叫ぶつもり?」
「いや、寄生獣の新一のモノマネを全力でやろうと思ってだな」
「それ『ミギー』って言うつもりじゃん。おまえ、ふざけんなよ」
「じゃあ、右乳首をしゃぶらせろよ」
「なんでそうなるの。無理ばっか言わないでよ、バカ」
「朱美だって無理ばっか言ってんだろ。ほら、あれ大変そうだぞ」
『お願いします店長。そこをなんとか! カレンさんを呼び戻してもらって、空飛ぶ魚弁当を作ってもらえるように、どうにか――』
移動販売車の脇から、悲痛な叫びが聞こえてきた。
「察するに、店側との交渉がうまくいってないんじゃねぇの?」
「同情するんだったら、リーダーにシップーから説明してよね。空飛ぶ魚弁当なんて、存在しないから諦めてくださいって」
「俺には無理に決まってるだろ。でも、朱美ならあるいは」
「あたしにだって、できないことはあるわよ。だから、どうにかしないと」
朱美も疾風と同じで、未来に逆らえないように調教されている。
「なるほどな、これが最善なんだな。でも、キヨみたいに貧乏くじひかされるとはな」
「そうよね。貧乏くじひくのは近藤の専売特許なのにね」
学生時代の共通の友人の話題が出てくる。貧乏くじと言えば、キヨこと近藤旭日という友達のイメージが定着している。
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