2012.10.31 銀河② 03

 こんな状況で不治の病を告げられたら、単純にいやだ。

 だが、今日もどこかの診察室では、病気を告げられて、泣いている人もいるのだろう。それが、女なら慰めてあげたい。


「ん? ノンアルコールビールで酔ったんですか? 雰囲気がこわくなってますけど」


「ふざけないでね、犯罪者くん。素直に帰れると、どうして思ったのかな? 診察室に勝手に忍び込んで、うちの看護師とちちくりあってさ。警察呼ぼうか?」


「そんな大げさな。これは、ハローウィンのコスプレですから。ちょっと、悪ふざけが過ぎたかもしれませんけど、先週末に湖周辺で開かれたハローウィンのイベントだと、もっとえげつない格好もありましたよ」


「話をそらさないでもらえるかな? いまは、君の話をしてるの。ハローウィンのイベントなんて、どーでもいいでしょ。いい加減、名乗ったらどうよ」


「なんですか、それ。ただ遊んでただけなのに、未成年をどんな罪で警察に突き出すつもりですか?」


「ああ、そういうことかー。もしかしたら、警察に身内がいるから、むしろ、それでもいいって感じなのかな?」


 婦警だけでなく、女弁護士や美人すぎる地方議員にも肉体関係を持った相手がいる。だから、いっそのこと勘のいい女医から解放されて、一時的に手錠をかけられるほうが楽に動けたのだが。

 なかなかにやり手だ。叔母と同じで、やりにくい。


「そうね。犯罪歴がついても懲りない人ならば、身体で払ってもらおっかな」

「意外な提案ですね。得意ですよ」


 突如として隆起した銀河のズボンの膨らみを見ながら、龍浪はため息をつく。


「変なこと考えてるみたいね。はっきり言うわ。単に厄介事を押しつけるだけだから」


「厄介事?」


「人探ししてほしいの。入院患者が迷子になったって、見舞いに来てたお姉さんから申し出があったのよ」


「館内放送とかでアナウンス流したらどうですか? 一発で見つかるでしょ。その間に、一発やるってことで手を打ちませんか」


「七海ちゃん。この子って、身体は丈夫?」


「ええ。すごいスタミナですから」


 満足のいく回答を得られたのか、龍浪は嬉しそうに机の引き出しの中を漁りはじめる。


「だったら、浜岡先生から治験しとけって頼まれてた注射、この子に打つわ」


 治験? やめてくれ。

 副作用で勃起障害になったら死んでも死にきれん。


「冗談、冗談ですよ。龍浪先生。なんでも協力しますよ。できる範囲でならだけど。きいてます? なんで机の引き出しを漁るのやめないんですか?」


「あれー? チャン君が持ってきたから、すぐに片付けたと思ったんだけどな。んー。ないな。すでに、誰かに使ったのかな――

 そういや、七海ちゃん。注射の練習をしてたって言ってたわね。どこの注射器を使ったの」


「えっと、それはですね」


 チラチラと銀河の様子をうかがいながら、女性二人は声を潜めて話を続ける。

 ヒソヒソ話が終わると、龍浪は楽しそうに膝を叩く。


「もう、おっちょこちょいなんだから」


「てへへ」


 頭をかいている七海も、龍浪同様に緊張感の欠片も感じられない。黙って見守っていると、龍浪が手を合わせる。

 弁当を食べるために割り箸を握ったままなので、まるで「いただきます」をしているようだ。


「先に謝っとくね。君、死ぬかもしれないわ。ごめん」


「死ぬ?」


「名札見て、私の名前をいい当てる目ざとさから考えて、ある程度は予想ついてるでしょ。どうやら、新薬の実験体になってもらったみたいなの」


「ごめんなさい、ギンギン。ブドウ糖じゃなかったみたいです」


 他の医療ミスが起きたときも、この二人はこんな風に気楽でいそうだから、こわい。


「まぁ、深刻にならないでよ。どんな副作用があるかわからないので、死ぬかもしれないって言っただけだからね」


「なら、いまよりもチンコがでかくなる可能性もあるってことですか」


「強がらなくていいのよ。こわいときに震えないのは、正直、かわいくないわ」

「かわいかったら、お相手してくれますか?」


「するわけないでしょ」


「そりゃ残念だ」


 呆れた様子でため息をつきながらも、龍浪の目つきは鋭いものになっていた。

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