2012.10.31 風見② 01
一眼レフカメラで撮影データを確認しながら、風見は病院の廊下を歩いていく。
ものの一時間で、多種多様な闇の眷族たちの撮影に成功した。
岩田屋町は、ハローウィンというものが、なかなかに浸透している。
幼女のコスプレを好む性癖の知り合いが、数年前に捕まったのを思い出した。
こういう写真が手に入る度に売ってくれと言っていたので、いずれ捕まると予想はあった。だが、本当に塀の中に入ると切ないものがある。
買い手のあてがある写真や動画は他にもある。UMA関連の映像は、その真偽に関係なく換金が可能だ。
映像業界では、オカルト番組で撮影映像が使われるたびに、映像の所有者に使用料が振込まれる。以前、岩田屋町で撮影したUMA映像のおかげで、風見の懐には定期的に小遣いが入っている。
強い風が吹く。
風見はカメラから顔を上げる。
ずれた眼鏡を直しながら、周囲を見回す。
廊下の窓は閉まったままだ。
走っている誰かとすれ違ったのかと思ったが、振り返ってもそんな姿はなかった。これで、誰かが走り去っていたとしたら、人間の体力を超越している。妖怪やUMAの類いとすれ違ったといってもいいレベルだ。
不思議に思いながら歩き続けていたせいで、誰かにぶつかってしまう。
「あ、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそごめんなさい」
すかさず謝ると、見知った顔がこちらを見上げている。同じ部屋で入院中の楓だ。
「なんだ、風見さんか。歩きスマホはダメですよ。ちゃんと前向いて歩いてないと」
「ボクが持ってるのはカメラだからね。してたのは、歩きカメラだよ。こんな言葉があるのかはしんないけど。そーいう楓ちゃんが持ってるのは、スマホだよね。歩きスマホしてたのは、楓ちゃんでしょ」
「バレましたか。喧嘩両成敗ということで、どっちも悪いですよね。ね?」
「うん。それでいいよ」
「さすが、風見さんは話がわかりますね。さっきの連中とはえらいちがいです」
「さっきの連中?」
風見がなにげなく訊ね返したら、楓の目がキラキラと輝く。
「そうなんです。ひどいんですよ。きいてください。あの新参者と、その見舞いの奴らに言葉の暴力を受けまして。慰めてください。
てか、そうだ。そもそも風見さんが病室にいてくれたら、数の上では五分と五分でなんとかなったかもしんないのにー。ばかー」
テンションが上がった楓は、ポカポカと風見を殴ってくる。可愛いけれども、楓を落ち着かせよう。とりあえず、頭を撫でてみた。
「うー。子供扱いしないでください」
「気分なおしに、ジュースでも飲む?」
「わーい、風見さん大好き。行きましょ、行きましょう」
楓に腕を引っ張られて、風見は来た道を戻っていく。病室に戻りたかったのだが、抵抗はしない。どうにも、この年齢の女の子には弱い。
初めて出会ったときのカレンも、いまの楓ぐらいの年齢だったせいだろうか。
「そういや、不味すぎて笑えてくるジュースが売ってる自販機って、どこでしたっけ? あれを新参者に飲ませてやりたいんですけど」
「さっきから新参者、新参者って言ってるけど、桐原さんのこと?」
「ご丁寧に『さん』なんてつけなくていいですよ。あの人より、風見さんのほうが年上なんですよ」
「べつに、年齢が上でも下でも『さん』はつけるよ。てか、仲いいじゃん。桐原さんの年齢とか、ボク知らなかったよ。いろんなこと話したんだ?」
「気色悪いこと言わないでください。誰も、あんな奴の話し相手になんかなりたくありません。だいたい、会話のレベルが楓とはちがいますしね。風見さんぐらいにすごい人じゃないと、楓とは対等に話せませんから」
「でも、同部屋の人とは仲良くしとくべきだよ。ボクは明日には退院なんだし」
腕を開放してくれた楓は、着ている服の裾を掴んで、風見を睨んでくる。
「本当に退院するつもりなんですか? 楓を見捨てないでくださいよ。明日も桐原はいますし、その仲間の桐谷美玲似の美人やチンピラが来るかもしれないんですよ」
桐谷美玲似の美人だと、ぜひとも被写体になってもらいたいものだ。
思ったことをそのまま口にしたら、楓に文句を言われるだろうから、大人の対応をせねばなるまい。沈黙は金、雄弁は銀。
楓相手ならば、金を選ぶまでもない。
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