2012.10.31 風見② 02
「そうそう。不味すぎて笑えてくるジュースだっけ? あれって、一階の自販機地帯にあるって話だよ」
「じゃあ、一階に行きましょう! ほら、ぐずぐずしないで」
風見を置き去りにする勢いで、楓は進んでいく。風見はポケットの小銭を確認しながらあとに続く。
階段の踊り場に差し掛かったところで、二人は横並びになって歩く。
階段を得意げに数段飛ばして降りる楓の姿は、健康そのものだ。
「そういやさ、楓ちゃんはいつになったら退院するつもりなの?」
「楓は恋人が見舞いに来てくれるまでは、入院するって決めてますからね。風見さんも、楓と同じようにしたらどうですか?」
「無茶言わないでよ。一日入院のびたら、そのぶん金がかかるんだよ」
「その程度の愛なんですか。あー、情けない」
「でもさ、期限をもうけてをおくのは重要だよ。特に大人ってやつは、時間に縛られて生きてるからね」
「んー。参考にしときますよ」
「参考にしても仕方ないかもしれないよ。ボクとカレンの関係と、楓ちゃんと彼氏くんの関係は必ずしも一致しないだろ」
「そういえば、風見さんの彼女さんのこと、具体的にはなにも知らないんですよね」
暗に教えてくれと言っているのが、透けて見えた。カレンのためにも弁明しておくべきことは口にしてもいいだろう。
「そもそも、カレンがボクの彼女かどうかもわかんないんだけどね」
カレンが相手だと、唇をすり抜けるようにくすぐったい言葉が溢れてきたのは、確かな事実だ。甘ったるい関係ではあった。
だが、恋人同士なのか確認をとったことはない。
関係性としたら、歪なものの極みだった。
「それがたとえ嘘だとしても、構わない。それでもいいから」
と、当時の風見はカレンに語ったことがあった。
「ねー、ねー、彼女さんって、どんな方なんですか? 特技とかは?」
「彼女がどうかわかんないけど、料理が得意な成人女性だよ」
「家庭的な彼女さんですね」
「だから彼女かどうかわかんないけど、それが仕事だから家庭的とはちがうんじゃないか」
「料理人なんですか、すごい」
「努力のたまものだよ。出会ったときは下手くそだったからな。でも、一生懸命つくってくれたから、あの料理にも柔らかな心を感じたんだけどね」
「胃袋を掴まれて惚れたんですか?」
「いや、それはちがう」
喋りすぎていると自覚して、口を閉じる。
恋愛話を楽しんでいる楓からすれば、ここで黙ってしまったら、ひんしゅくを買うだろう。
人と人の関係は、いつが最後になるかはわからない。風見の人生は、会いたい相手に、それも男女の関係を持った相手にも会えずにいるのだから。
風見と楓の人生は、退院後に交わうことがないかもしれない。
だとしたら、口が軽くなる。旅の恥はかきすてる精神を持っている。
「ボクがカレンに惚れたのは、初恋の子に似てたからかな」
「別の女子の面影に恋をしたってことですか?」
「顔とかそういうんじゃなくて、境遇が似てたんだよ。カレンを助けることで、ボクの中で止まってた時間が動き出すんじゃないかと思って」
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