2012.10.31 有① 04

「有は小遣いとかもなくて生活しとるから、よーわからんかもしれんけど、金の話をいまからやるで」


 まだ飲みきれていない野菜ジュースの缶が、やけに重たく感じた。


「オトンが死んでから、保険金が入ったんやけど、それが尽きてしもうたんや」


「よくわかんないんだけど、すごい額が入ったんじゃなかったっけ?」


「もしかして、うちやオカンが無駄遣いしたとか疑ってへんやろうな」


「そんな訳ないよ。だって、空野家で金食い虫になってるのって」


 それ以上は言わせないように、聖里菜が有の肩を掴んできた。昔と比べて、化粧や髪の色は派手になった。

 だが、つけまつげの奥の瞳は、いまも優しい。


「ごめんな。そんなん考えさせるために言うたつもりはないねん」


「わかってるから」


「とにかく、これだけは信じてや。絶対に有はわるないんやから、自分を責めるんだけは、せんといて」


「うん、里菜ちゃん」


「あんたに責任はなんもないんやから」

「痛いよ」


 有が肩に手を当てると、聖里菜は

 「ああ、ごめん」

 と慌てて手を放してくれた。


「なんにせよ。いまからする話は、いかにうちがアホやったかって話やから」


 改まった聖里菜の物言いに、有の体はなにかを察する。口の中がカラカラになる。つばを飲み込んだ。

 野菜ジュースを口にするという発想はあったが、できなかった。

 嫌な予感に体が支配されて、金縛り状態だ。指一本動かせない。


「簡単に金を稼ぐために、うちは間違った方法をとってもうたんや」


 それ以上を語るには勇気が必要なのか、聖里菜は口を閉じてしまった。


「なに? つづけて」


 有が促すと、聖里菜は気まずそうに苦笑いを浮かべる。


「きっついなぁ、その喋り方。オトンに怒られてたころを思い出してまうわ」


「いいから話して。ありのまますべてをぶつけてよ」


 死んだ父が乗り移っているように、有は力強くなっている。そんな風に感じたのは、聖里菜も同じだったようだ。

 導かれるように、姉の唇が動く。



「うちはいま、アダルトビデオに出演しとるんや」



 聖里菜の口から飛び出してきたものは、常識が崩れ落ちるような言葉だった。

 無邪気なままの熱が失われると、そこから笑顔は生まれない。


「確認だけど、それってエッチなやつだよね?」


 いたたまれなくなったのか、聖里菜が顔を手で隠す。


「軽蔑するやろ。すまんやで。オカンにも言えてないねん。家族で話すんは、有がはじめてで。すまん」


「すまん、すまんとやかましいな。謝るんなら話すなや」


 突如として、有の口から出る言葉が関西弁に自動変換される。

 もともと空野家の面々は、死んだ父以外は、関西弁を使っている家庭だ。

 父の影響から、有だけが標準語を引き継いだ。だが、いまみたいに、いっぱいいっぱいになったら、有の素(関西弁)が出てしまう。


 バツが悪そうに、聖里菜が目を逸らす。

 父ならば、ありのまますべてを受け止めて、仕方ないと笑えたのかもしれない。そこから、姉を気遣って慰めただろう。

 だが、いくら父を真似ていようとも、まだ有は九歳の男の子だ。


 受け止めきれない。

 それどころか、とどまることすらできない。

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