2012.10.31 有① 01

 姉の聖里菜が用意してくれたジュースは二本。

 野菜ジュースとミルクココアだ。

 どちらも有の好物で、今日の気分は野菜ジュースだった。


 野菜ジュースの缶を受け取って、使用されている野菜の種類を確認する。

 ハローウィンだというのに、カボチャは入っていないようだ。そもそも、ハローウィンって節分の恵方巻とかクリスマスの七面鳥みたいに、特定の物を食べる日ではなかったっけ。


「どないしたんや、ボーっとして。恒例のやついってもええんか?」


「うん。準備はオッケーだよ」

 言いながら、有は慌ててプルタブを開ける。


「かんぱーい」


 ぶつけあった缶から液体が飛び散る。駐車場脇のベンチの足元に染みができた。

 有は気合いを入れて一気飲みを始める。


 姉がどんどん飲み進めるのを横目にしながら、有は早々に一気飲みをギブアップした。

 一九〇ml飲料の缶をふると、ほとんど残っているように感じた。

 聖里菜の飲みっぷりは実に気持ちのいいもので、見とれてしまった。一滴も余すことなく味わうつもりなのか、姉は豊満な胸を強調するように仰け反っている。


「ぷはーっ。これやがな。これのために、うちは生きとるんやで」


「風呂上がりにビール飲んでるおじさんみたいなこと言うね」


「せやけど、事実やからな。有の見舞いにきて、再会を祝福するんが、うちの明日への活力なんやで。いつもみたいに、無邪気なあんたの熱を感じさせてーや」


 聖里菜に背後から抱きしめられる。

 頬ずりを受け入れながら、有は照れながらも笑う。

 ここ数年で、聖里菜はギャルっぽい雰囲気になってきた。それでも、根っこの部分は変わっていない。

 昔と同じで優しいお姉ちゃんだ。


 頬ずりは照れるだけで済んだ有も、背中に当たるおっぱいの感触にはあわあわする。一気飲みしているときも、なんだかんだで胸が気になってしまった。

 そういうところを意識している自分がいやになる。


 これも全部、変な言葉を教えてきた勇次くんや守田くんの悪影響だ。

 恥ずかしさに耐え切れなくなって、聖里菜を突き放す。

 抵抗されたのがショックだったのか、姉はしゅんとなった。


「すまんな、有」


「いや、改まって謝らないでよ。単に照れただけだからさ」


「そのこととちゃうわ。ホンマやったら、もっとお見舞いの回数を増やしたいんやけど、なかなか来れんで、すまんな」


 弱弱しい聖里菜を前にして、有は得意げになって強がる。


「それだったら、気にしなくていいのに。ぼくも別に暇してるわけじゃないしね。趣味で作ってるUMA関連の資料をまとめるのに、いくら時間があっても足りないぐらいなんだから。いま気になってるのは、スカイフィッシュなんだけど、知ってる?」


「すまんけど、知らんわ。せやから、教えてくれたら嬉しいんやけど」


「お安い御用だよ」


 深呼吸代わりに、有は野菜ジュースに口をつける。

 一呼吸置いたことで、ついつい早口になりがちな説明も落ち着いてできそうだ。


「そもそも、ぼくがスカイフィッシュを調べようと思ったのは、岩田屋町でも目撃情報があったからなんだ。お父さんからの手紙によるとね」


 長期戦になるのを想定していたが、ふと見た聖里菜の表情でやる気がそがれた。そんなにニヤニヤしなくてもいいじゃないか。


「なに? なんか言いたいことあるの?」


「なんや不機嫌になって。喋り方だけやのうて、そーいうとこもオトンに似てきたな」


「里菜ちゃんは、変だと思う?」


「ええんちゃうの。手紙に影響されまくりやとは思うけど。その里菜ちゃんって呼び方も、オトンみたいやしな」


 聖里菜を『里菜』と呼びはじめたのは、父が最初だったそうだ。

 その次に、『セリ』と呼んでいた母が『里菜』の呼び方に変更した。

 そして、星野里菜という芸名で子役として芸能界にデビューしたことで、全国でも『里菜』の名前と顔が浸透していった。


 星野里菜の出世作は『青春狂走曲』というVシネマだ。カーアクションが売りとなっており、シリーズで何本も作品が出ている。

 聖里菜は主人公の娘役に抜擢され、一巻から最終巻まで出演し続けている。


 本人は恥ずかしいらしく、その映像を見せてくれない。それでも、芸能人を姉に持っているのは自慢だ。

 もっとも、有は入院ばかりで、ほとんど学校に通えていない。


 そのため、誰かに自慢したことは、まだ一度もなかった。

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