2012.10.31 疾風① 03

「あー、もー、うっさい、出て行け!」


「いやいや、それおかしいだろ。

 お前とリーダーのクソくだらねぇ話が終わるのを俺は待ってるんだよ。こっちは、俺が情熱乃風を独断で解散させて以来の再会なんだ。積もる話がいっぱいあるってのに、バナナで腹いっぱいになったらどうしてくれるんだ!」


 見ると楓はいままでより一回り小さくなっているように感じた。

 さっきまでの威勢はどうしたというのだ。


 成人男性に大声を出されると、無条件で怒られていると思うのかもしれない。

 痴漢をされて黙っているのも、こういうタイプの女なのだろう。ちょっと可愛いところもある。いじめがいがある。


「疾風」


 未来から名前を呼ばれると、反射的に疾風の背筋が伸びる。

「はい」


「子供と本気で言い争う疾風には、罰を与えます」


「え? なんで」


「難しいことは頼みません。お弁当を買ってきてほしいのです」


「弁当? いいですよ。どこの店で出前頼むよりも、安くて速い自信はありますし」


「MR2に乗る必要はありませんよ。お弁当の出張販売車が駐車場に来てるという話です。お昼の十二時前後の今時分ですと、まだ売り切れになっていないそうです。そこで、限定商品の空飛ぶ魚弁当をふたり分よろしくお願いします」


「了解――うぉ、足にがたがきやがって」


 立ち上がろうとして、うめいてしまう。痺れているのを悟られると、楓にバカにされるのは目に見えている。

 だから、根性で外に出た。

 廊下に出ると、いの一番に壁にもたれかかる。休憩していると、疾風が立ち去ったと思い込んでいる中学生の声が、病室から聞こえてきた。


「なんなんですか、もう。さっきの女の人といい、桐原さんのお見舞いの方って、ああいう人しかいないんですか?」


 疾風はやっぱりかという気持ちだった。

 情熱乃風のリーダーが故郷に帰って来たとなると、色んな人が見舞いに来るのは当然だ。その中には、年齢を重ねてもやんちゃな連中だっているだろう。


「お言葉ですが。楓さんは有くんのお姉さんとも口論になってましたよね」


 未来の指摘に、楓は何も言えなくなっていたようだ。

 そこは忘れていてほしかったのだろうと、察した。


 結局のところ、リーダーが一番きついのだ。

 岩田屋から地獄までエンジンのついた乗り物で走り抜けると語り、情熱乃風を旗揚げしたのは伊達ではない。

 個人の病室が空いていなかったのだろうが、病院側は最悪な判断をくだした。未来と相部屋になっている入院患者は、大変だと思う。同情する。


 背中を預けていた壁から身を起こす。

 振り返ると、自分がもたれかかっていた場所には、ネームプレートが飾られている。

 223号室は、四人部屋。


 風見智鳥。轟楓。桐原未来。空野有。

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