2012.10.31 疾風① 02

「彼氏さんが、どんな夢を持っているのか私は存じません。ですが、どんな夢だとしても、馬鹿げていると切り捨てるのはいかがなものかと思いますよ」


「なんですか? 大人なのに、夢は叶うとか、甘っちょろいことを言うつもりですか?」


「そのための努力をすれば、可能性はあがります。でも、叶うかどうかは別問題です」


「結局、確実でないってことでしょ。そんなものに、楓は時間をさきたくない。やっぱり馬鹿げてる」


「仮に馬鹿げてるとしても、彼氏さん『も』すでに、後戻りできないほど夢を追って遠くにいってるのかもしれませんよ。でしたら、途中で引き下がるのは、どだい無理な話なんですよ」


 彼氏さん『も』と言ったか。

 それは、未来自身も後戻りできないことを表しているのではないか。考え過ぎかもしれないが、聞いていて複雑な気持ちになった。

 夢を叶えて、プロのレーサーになったはずなのに、未来はまだ満たされていないのかもしれない。


「夢なんて、なくなればいいの。そんなのを追う奴は、バカ。死ね。無駄な人生なんですよ

 ――って、なに、へらへらしてるんですか、正座のおっさん?」


 熱くなっているテンションが一気にさめるほどに、楓は疾風にムカついたらしい。

 そうか、そうか。

 へらへらしていたか。

 無自覚だったとはいえ、とぼけることはできない。そんな道を走るのは許さないと、未来の目つきが圧をかけている。


 さっきから、未来は疾風に寄せる信頼を安売りしすぎている。リーダーの圧力は、絶対に負けられないレースのときにだけ発動されるスキルだったはずなのに。

 生唾を飲み込んでから、疾風は息を整える。

 わかりましたと、覚悟を決めた。

 走り屋グループ『情熱乃風』の副リーダーMR2の赤グラサンとして、相手に圧勝してみせましょう。


「いや。へらへらもしちまうだろ。だって、君は自殺しようとするほど、彼氏に振り向いてもらいたかったってことなんだよな?」


「そうですよ。だってギンギンは、楓の全てだもん

 ――それよりも、なんでいまも笑ってるんですか」


「ギャーギャーうるせぇな。こういう顔なんだよ」


「最悪な性格が顔に出るわけですね」


「それでいいから、話をきけ

 ――つまり、あそこギンギンくんと幸せになりたいってのが、君にとっての夢ってことなんじゃねぇの? 夢あるじゃねぇかガキんちょ」


「ちがう」


「いや、ちがわねぇだろ」


「だまれ」


「おう、だったらだまってやるよ。こっちが静かにしてる間に、反論してくれよ」


「だから、その――」


 言い淀んでいるうちに、煽ろう思えば煽れた。

 峠のレースでいえば、ルームミラーから後続車が見えなくなるほどにぶっちぎる行為にあたる。

 だが、実力差がありすぎるからこそ、相手の出方をうかがいたくなる。それに、こちらの実力をすべて見せないというのも、敵をイラつかせる行為だと知っている。


 今回は、沈黙という煽り方で手をうとう。


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