四月中旬


卯月(4/19)


 蜜柑の根方に海老根えびねが数株、群れて咲いている。花茎から咢にかけては臙脂えんじ、白い花弁にうっすらと紫の模様が入る、野趣に富むラン。自生の海老根は園芸用に乱獲され数を減らしているという。我が家のものもその昔、被害に遭ったものかもしれない。そう思うと痛ましく、申し訳ない気持ちになる。三十年前には二株ばかりだったという我が家の海老根は、今は十数株に株を増やして近頃満開を迎えた。あまり丹念に手入れをしている庭でもない。海老根が己の力で増えたのだろう。せめてこの地で細々とでも、生き続けてくれれば良い。


 栗の木にぽっかりと丸く開いた洞に山雀やまがらが出入りしている。小啄木鳥こげら青啄木鳥あおげらが開けた穴を山雀が巣として使っているらしい。山雀はもう少し緑の深いところで繁殖するものと勝手に思っていたので、嬉しい誤算である。

 巣穴は下向きに開いていて雨が降っても容易に浸水しない。穴の底に苔や動物の毛などを敷いてクッションにする。つがいは入れ替わり立ち替わり巣に出たり入ったり、一方が巣にいる間はもう一方が外へ出る。まだ巣作りの途中だろうか。交代する際には必ずお互い鳴き交わして合図するので、観察するこちらもじっと見張っている必要はなく、近くで鳴いたなと思ったら、注意を向ければ良い。

 午前中の一時間半ほど、巣のある栗の木から少し離れたところに腰を下ろして眺めていた。日が高くなり、気温が上がってくると、巣への出入りは少なくなる。雑木林の緑陰に隠れるらしい。今日はもう撤退、と家に帰ってこの文章を書いている途中、観察中ずっと日に当たっていた右前腕が赤く焼けているのに気づく。人の図体でこれなのだから、小鳥にはさぞ厳しかろう。昼時、鳥たちの姿が見えなくなるのも道理である。


 隣家の庭の、我が家と接する隅に、白い雛あられのようなものが無数に落ちている。と思えば、満天星躑躅どうだんつつじの花である。昨日の猛烈な雨風で落ちて流され吹き溜まったものだろう。まだ蜜を出しただろうに、と哀れに思う反面、これはこれで綺麗なものだとも思う。


 備忘録なので最近、雑木林で見かけた花を記しておく。一先ず今日は甘野老あまどころ錦衣にしきごろも。甘野老の名は根茎がヤマノイモ科の野老ところに似て甘味がすることから、錦衣は葉脈に沿って紫色を帯びる葉の美しさを錦の衣に喩えて。


※追記:甘野老と思っていたものが、実は宝鐸草ほうちゃくそうであることが後で調べなおして分かった。素人診断は当てにならない。失礼しました。


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