四月中旬


卯月(4/14)


 昨日一日、降り通しに降った雨のためか、草木の勢いがますます良い。何日かぶりに雑木林を歩くとくぬぎ小楢こならも枝という枝に若葉を出し、林床に薄い影を落としている。けやきは少し遅れて、高い木の上の方にだけ小さな葉を出し始めたところ。

 林縁に白い花を満開にして植わっているのは花水木はなみずき。桜の返礼として遥々アメリカから渡ってきた種である。在来の水木みずきの花期はもう暫し先。今は赤い芽鱗を破って新芽が出たばかり。

 昨日は風も強く吹いた。梅の木の下にビー玉ほどのまだ幼い梅の実が落ちている。季節がもう少し進めば、そばを通っただけで気づくほどの、甘く芳醇な香りを放つようになる。


 夕陽のあたるなだらかな斜面に蛇苺へびいちごの黄色い花が咲いている。初夏になると赤い一見して美味そうな実をつける。食用には向かないと図鑑にあるが、実際に食べてみたことはない。そのうち勇気が出れば試してみようか。


 矢筈豌豆やはずえんどうが鞘をつけた。中から種を絞り出して遊ぶ。青い匂いがする。

 早春の頃には芋片喰いもかたばみが咲いていたところに、今は紫片喰むらさきかたばみが咲いている。同じカタバミ属のよく似た赤紫の花だが、よく見ると芋片喰の葯は黄色、紫片喰は白色をしている。葉の大きさも芋片喰の方がかなり大きい。


 階段の脇に一際白い花を咲かせているのは立浪草たつなみそうの仲間だろうか。全体に産毛のような毛が生えており、花の形はシソ科植物によく見られる唇形、皆行儀よく同じ方向を向いている。この花の咲く様子を打ち寄せる波に見立てて立浪草と呼ぶ。立浪草の花は普通、青から紫色をしているので、これは自然に変異したものか、園芸種が逸出したものかだろう。いづれにしても一点の曇りもない白。つい惚れ惚れと眺めているうちに陽が暮れて肌寒くなる。


 いろは紅葉もみじの若葉は燃えるように紅い。ほとんど一様に、ムラもなく紅い。秋の紅葉こうように劣らず見事である。手触りはしっとりとして柔らか。良い心地なので暫く撫でていたいが、あんまりべたべたされるのも迷惑だろうから程々にする。

 池の傍に植わっているのはまた別の紅葉もみじ。こちらの若葉は素直な薄黄緑。陽に当たると、蛍火のほうに鮮やかに煌めく。枝に灰色のひよどりなど留まると、その色の対照がなかなか風雅である。

 季節が進むにつれ、虫も増え、鳥たちが庭に降りる機会は減るだろう。あのよく新葉の繁った、風に吹かれるたびにわさわさと揺れる金木犀の中にでも、巣なりかけてくれると良いのだが。鳥には鳥の都合もある。我が儘は言えない。


 散歩からの帰り道、行き掛けに落とした手巾はんかちを拾う。神社の脇の八重葎を、しゃがみ込んで見入っていた際に落としたのである。自分で落として自分で拾っただけのはずなのに、儲けものをした気になる。これも春のおかげ。

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