四月上旬


卯月(4/4)


 すっと伸びた茎の先に、薄紫の小ぶりな花をつけた草がある。花の形は蔦葉海蘭ツタバウンラン常磐爆ときわはぜに似ているが、模様はなく、無垢の面のような面立ちをしている。葉の形状も針状でやはり別の種だろうと、帰ってから調べると松葉海蘭まつばうんらんという草らしい。

 万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれる也、とはよく言ったもので、斯くの如く、これまで何やら雑草が生えているとしかわからなかったものが、この季節になると花や全体の姿形がはっきりとしだして、同定もし易くなる。古人は上手く季節を分けたものだと感服せずにはおれない。


 庭の東の隅に山吹が蕾をつけた。色の名になるほど古くから人に近い花で万葉集にも登場する。『かはづ鳴く甘奈備川に影見えて今か咲くらむ山吹の花』。鮮やかな山吹色は千年を経ても褪せない。


 ひび割れたコンクリートをかき分けて八重葎やえむぐらがひょろひょろと茎を伸ばしている。八重と言われる通り、八枚の葉を輪生させる。全体に細かいとげがあり、触れると引っかかるような感触がある。この八重葎も古くから歌に詠まれている。有名なものに『八重葎しびれる宿のさびしきに人こそ見えね秋はきにけり』という秋の寂寞を歌った句がある。


 躑躅つつじ満天星どうだんもちらほらと花をつけ、藤もふっくらと蛇の尾のような蕾を膨らませている。虫たちはいよいよ活発に飛び回り、足長蜂の嬢王が巣をかける場所を探している。


 朝掘りの筍を胡麻和えにして食べた。仄かな甘みと竹林を歩いているときのような清々しい香りが口内に忽ち広がり、歯触りはしゃきしゃきとして心地よい。春は万事が贅沢である。

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