三月中旬


弥生(2020/3/17)


 曲がり角を曲がると斜面いっぱいに紫の花が咲いていて、思わず「おっ」と声を上げて足を止める。紫花菜むらさきはななの群生である。アブラナ科の花らしく長い茎の先に十文字の花をつけている。色はすみれよりもまだ淡い。図鑑を引くと別名を大紫羅欄花おおあらせいとう諸葛菜しょかつさいとも言うらしい。彼の諸葛孔明が戦地にて栽培し兵糧にしたことが由来とある。異名に違わぬ中国原産の帰化種。春になると土手や空き地に群れて咲く。異国の春も居心地は悪しからずと言った面持ちである。


 同じ斜面沿いに菫の花が咲いている。随分小ぶりで仄かに青い。華奢な花茎をすっと高く伸ばしている。立坪菫タチツボスミレの仲間だろう。

 近くの射干しゃがは近所の住人が植えたものだろうか。アヤメ科の豪奢な花が藪の縁に一輪だけ恬然と佇んでいる。花の寿命は一日。明日には隣のふっくらと白い蕾が開くだろう。晴れると言うから訪ねてみようと思う。


 畑の縁の銭苔ぜにごけが新しい雌器托、雄器托を作っている。雌器托はヤシの木のような形、ニョキニョキと群れて立つ様はさながらミクロの森である。触れるとひんやりとしていてゴムのような手触り。雄器床は円盤状をしている。ここで作られた精子は雨の日などに水に乗って雌株の雌器床まで泳ぐ。受精すれば胞子となり世代を繋ぐ。葉の部分(葉状体)にはカップのような組織があり、ここに無性芽が潜んでいる。二段構えの生存戦略。


 雑木林の山雀やまがらが去年の残りの団栗を足で挟んでつついている。柄長えながは忙しく枝を渡り、四十雀しじゅうからは黄緑色の芋虫を食べ、ひよどり椋鳥むくどりを追っ払う。


 早春の野は変化に富んで、昨日何もないと思っていたところに突然花が開く。花が開けば虫たちも動きはじめる。小さな蜂や蠅が賑やかに飛び回り、それを狙って蜥蜴とかげもチロリと舌を出す。土をひっくり返せば蚯蚓みみずがうねうねする。春本番と言うにはまだ少し肌寒い、啓蟄の候。

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